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政治

 
 

【やばいぞ日本】第3部 心棒を欠いている(1)

■自爆テロに攻撃された日本船 「命綱」の守りは多国籍軍任せ

 ここに掲載した写真(日本郵船提供)は、日本郵船の超大型タンカー「TAKASUZU」(高鈴、28万トン)である。ペルシャ湾からはるばるインド洋の波(は)濤(とう)を越えて、原油を日本に運んでくる。

 原油の9割を中東に依存する日本の命綱の一つであることはいうまでもない。それが電力をはじめとして日本経済を支え、クルマを自在に走らせている。

 ここまでは読者になじみ深い、ごくありふれたタンカーの写真とその説明である。しかしこれらタンカーが中東からのシーレーンで、テロ攻撃を受けたとしたらどうなるか。とたんにエネルギー供給は干上がり、日本経済は壊滅的な打撃を受ける。石油危機の再燃である。

 実はこの「高鈴」が、ペルシャ湾のイラク・バスラ沖で実際にテロ攻撃を受け、間一髪で撃沈をまぬがれていた。このとき、タンカー・テロを寸前で阻止したのはペルシャ湾に展開する多国籍軍であった。

■死者3人

 英ペルシャ湾派遣艦ノーフォークの作戦日記によれば、2004年4月24日、石油積み出しターミナルが小型の高速ボートによる自爆攻撃の標的になった。ターミナルの損害は軽微だったが、係留中だった「高鈴」が危機に直面した。

 多国籍軍の艦艇が、ターミナルに接近中の不審な高速ボート3隻を発見し、銃撃戦になった。うち1隻の高速ボートは「高鈴」の手前数百メートルで大爆発を起こした。

 東京・丸の内の日本郵船本社には、現地から「本船がやられた」との無線連絡が入り衝撃が広がった。ほぼ同時に防衛庁情報本部も事件をキャッチした。

 タンカーは船体を銃弾でえぐられ、鉄製ドアが吹き飛ばされただけで済んだ。しかし、この自爆テロで、多国籍軍のうち米海軍兵2人と沿岸警備隊員1人が死亡した。タンカー・テロは阻止されたが、手痛い犠牲者を出してしまった。

 その数日後、国際テロ組織アルカーイダに関係するザルカウィ容疑者の犯行声明が出た。彼らはタンカーを狙えば原油価格が高騰し、西側の主要国が耐えられなくなると信じている。

 ペルシャ湾内には「高鈴」を運航する日本郵船を含め、日本関連のタンカーだけで常時40〜50隻がひしめいている。日本郵船の安全環境グループ長、関根博さんは「多国籍軍が警戒していなければ、とてもバスラ沖には近づけない」と語る。

 他方、供給側のイラクは国家予算の90%を石油の輸出に頼っており、これらのターミナルが使えなくなれば国の再建は困難になる。

 そこで多国籍軍は、「高鈴」事件以降、石油積み出しターミナル周辺に一般の船が許可なく入れないよう半径3000メートル以内に警戒ゾーンを設けた。海域の安全は、日本など原油の供給を受ける受益国にとっても、供給国のイラクにとっても生命線なのだ。

 多国籍軍はこれら海上テロを阻止するために、ペルシャ湾からインド洋にかけ3つの部隊に分けて「テロとの戦い」の任務についている。このうち「高鈴」が狙われたのは、地図上で赤色に塗られたペルシャ湾の最深部である。

 日本は法的な制約から、ペルシャ湾の「戦闘海域」に海上自衛隊の艦船を出せない。そこで海自はより安全な青色のインド洋上に補給艦などを派遣し、多国籍軍に給油活動している。海自艦が直接的に海上テロを排除できないためにタンカーを守るのは他国依存にならざるを得ないのである。

 その根拠となるのがテロ対策特別措置法だ。それさえ野党は、「日本の安全に関係ない所への部隊派遣はできない」と延長に反対する。

 関係ないどころか、密接にかかわることを「高鈴」事件が示している。補給艦はこれら「テロとの戦い」を支援しているのであり、同時に、日本の「国益」に直結する経済動脈をも守っている。

■敵前逃亡

 灼熱(しゃくねつ)のインド洋でいまも、海上自衛隊員が黙々と補給艦から外国艦船への給油に汗を流している。この海自艦がインド洋から去ると、補給艦の給油に依存しているパキスタンの艦船が撤退せざるを得なくなる可能性が高い。

 パキスタンは多国籍軍の中の唯一のイスラム国であり、アフガニスタンへの影響力が大きいだけに、その撤退によって友邦が受けるダメージは大きい。それは、日米の同盟関係を無用に傷つけることにもなる。

 海自艦撤退の可能性を13日の英紙フィナンシャル・タイムズは、1面で「武士道ではない。臆病(おくびょう)者だ」という見解を伝えた。海自が補給艦を出せなければ、他の国が肩代わりをしなければならないから“敵前逃亡”に見えるのだ。

 英国の作家、ジョージ・オーウェルはこうした安全保障の盲点を半世紀以上も前に述べている。「平和主義者。彼らが暴力を“放棄”できるのは、他の人間が彼らに代わって暴力を行使してくれるからだ」(『オーウェル評論集』岩波文庫)

 多国籍軍に陸上部隊や艦船を送っている各国には、日本のテロ特措法が政局の「人質」にとられたとしか映っていない。米誌ニューズウィーク最新号は「無責任政治に国外から大ブーイング」と皮肉っている。少なくとも米国には、「安全保障をめぐる党利党略は水際でとどめよ」という伝統がある。共和党も民主党も、一朝有事には自国を守ることを優先して決定的な対立を避けるのだ。

 それが君子のならいというものである。まして「高鈴」事件のように、米国など多国籍軍の犠牲のうえに日本経済が支えられていることを忘れては信義にもとる。

 国連安保理事会は19日にアフガンの国際治安支援部隊(ISAF)の任務を延長する決議を採択し、日本の補給活動などへの「謝意」まで盛り込んだ。日本は少ないリスクで、予想以上に感謝される任務についている。

 いまも「高鈴」は26日現在、海自艦が警戒するインド洋の北側、アラビア海を西に向かって航行している。数日後にはそのペルシャ湾に入ることになるだろう。

 日本郵船の関根博さんは、テロ特措法がなくなって日本のタンカーが無防備になることをもっとも恐れる。

 「タンカーは危険地域でも行かねばならない。ペルシャ湾内もできれば海自艦に守ってほしいがそれができないからインド洋で補給活動をしていると理解している」

 国際社会でテロ、侵略、恫喝(どうかつ)をなくすことは不可能に近い。日本という有力国が、一国の勝手な都合だけで脱落することは、他に危険と負担をツケ回すことに等しい。(湯浅博)

(2007/09/27 08:20)

 
 
 

論説

 

 
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