名前と顔公表 反響は励まし、バッシング
記者会見で強姦被害を訴え 元記者「不起訴となりました」
元TBS記者の山口敬之(のりゆき)さんに意識を失った状態で強姦(ごうかん)されたとして、フリージャーナリストの詩織さん(28)=姓は非公表=が先月29日、記者会見で名前と顔を公表して被害を訴えたことが、反響を呼んでいる。性暴力を受けたとする当事者が会見して取材に応じるのは極めて異例だ。山口さんは不起訴処分となり、詩織さんは不服として検察審査会に審査を申し立てている。【中村かさね/統合デジタル取材センター、巽賢司/社会部】
事件の経過 警察が逮捕状を執行せず
「レイプがどれだけ恐ろしく、その後の人生に大きな影響を与えるかを伝えなければならないと思いました」。詩織さんは、A4判6枚に当時の状況や思いを丹念につづったメモを報道陣に配り、時折声を震わせた。
詩織さんの説明では2015年4月、就職の相談をしていた山口さんに誘われた酒席で記憶をなくし、目覚めるとホテルの客室で乱暴されていた。同月、山口さんを準強姦容疑で告訴し、警察は逮捕状を取った。だが山口さんは逮捕されず、同8月に書類送検され、翌16年7月に不起訴処分となった。詩織さんはこれを不服として独自で調査を続けて証拠を集め、検察審査会に審査を申し立てた。これに合わせて記者会見した。
裁判所が発行した逮捕状が執行されないのは異例で、詩織さんは捜査員から「上からの指示があり、逮捕できませんでした」などと説明されたという。
記者会見後にバッシング広がる
会見では「法的、社会的状況が性犯罪の被害者にどれほど不利に働くかを痛感した」と振り返った。ホテルを出て数時間後に受診した病院では、「失敗されちゃったの?」と緊急避妊薬を処方されただけ。ベッドから起き上がれない状態で性暴力被害者支援のNPOに電話すると「まずは面接を」と言われた。告訴をする前にまず警察に相談すると、「事件として捜査するのは難しい」と被害届の提出を思いとどまるよう説得されたり、示談を勧められたりしたという。「同じ思いをする人が出てほしくない。状況の改善や、そのための議論のお役に立つことができれば」と、会見の理由を説明した。
ところが翌日以降、ネット上では「負けないで」「勇気ある行動」という励ましや称賛とともに、「胸元を開けすぎ」「ハニートラップではないか」など激しいバッシングが広がった。
今国会に提案されている性犯罪厳罰化を柱とする刑法改正案は、いわゆる「共謀罪」の審議を優先するために議論が先送りされていた。これについて会見で「きちんと取り上げられるべきだ」と主張。これがネット上で取り上げられ、「左翼のまわしもの」「政権への刺客」と非難する声も上がった。一方、山口さんが安倍晋三首相と親密だとして「逮捕中止はそんたく」との投稿もあり、思いをよそに与野党の代理戦争の様相を呈した。
会見翌日、詩織さんは改めて記者の取材に応じた。「会見で、いつものようにシャツの上のボタンを開けて臨もうかどうか迷った。そういう会見にふさわしいのかどうか迷って友人とも相談した。でも、普段の自分の姿で会見しようと。ネット上で批判があったのは知っている。でも、スカートをはいていたらレイプされてもいいのか。ドレスを着ていたらレイプされてもおかしくないのか」。こうも語った。「(性犯罪の)被害者は『汚い』と思われ、女性として生きていくことが困難になる。不思議です。悪いことをしていないのに何でだろう、と」
セカンドレイプを恐れて声上げられず
性暴力の被害者が、事件後に病院や警察から何度も状況説明を求められたり、他人の好奇の目や無神経な言葉にさらされて二重に傷つくことを「セカンドレイプ」という。それを恐れて被害届を出さない人も多い。内閣府の調査(14年度)によると、男性から無理やり性交された経験を持つ女性は15人に1人(6.5%)。このうち7割が顔見知りによる被害だが、警察に相談したのは被害者の4.3%に過ぎない。
詩織さんは会見で「本当は実名で出たかったが家族に反対された」として姓は非公表としたものの、素顔と名前を公表した理由について「被害者が顔を隠してもらわないと話せないという状況、被害者は悲しい弱い存在で、隠れていないといけない、恥ずかしいと思わなきゃいけない、という状況に疑問がある」と語った。
性暴力の被害者を支援する「NPO法人レイプクライシスセンターTSUBOMI」代表の望月晶子弁護士は「被害者が勇気を出して声をあげるとたたかれる、という構図は被害者が被害を訴えにくくするもので非常に残念」と指摘する。
性犯罪厳罰化を柱とする刑法改正案の今国会成立を呼びかけている市民グループ「ちゃぶ台返し女子アクション」の鎌田華乃子さんは「報道で詩織さんを知った」と言う。「性暴力の被害者が被害を訴えても、疑われたり相手にされなかったりするケースが多く、顔や名前を公表して声を上げることはプラスよりもマイナスが大きい」と、詩織さんの勇気をたたえる。「彼女の姿勢に勇気づけられた人は多いはず。詩織さんを応援するようなメッセージを発信したり届けたりすることが、被害者が生きやすい社会にしていくために大事だと思う」
山口さん「法に触れることはしていない」
一方、詩織さんの訴えについて山口さんは毎日新聞の取材に、以下の見解を寄せた。
私は法に触れる事を一切していません。ですから警察・検察の一年以上にわたる調査の結果不起訴となりました。よって私は容疑者でも被疑者でもありません。他方、不起訴処分の当事者には不服申し立ての機会が与えられていますから、申し立てが行われたのであればこれについても私は今まで通り誠心誠意対応します。
検察審査会など社会制度上の判断や手続きを尊重するため、本件の内容に関する個別の質問にはお答えしていません。また、当該女性が会見などで強調している論点は全て、警察・検察の調査段階で慎重に検討され、その結果不起訴処分が出ました。
係争中の案件について片方の主張を一方的に取り上げ、容疑者でも被疑者でもない私を犯罪者扱いするような報道や発信に対しては、しっかりとした措置をとる所存です。