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カスタマーレビュー

11 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0 「渾身の大作」だが…, 2017/2/23
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レビュー対象商品: 動物の境界―現象学から展成の自然誌へ (単行本)
本書は京都大学名誉教授、菅原和孝先生による、まさに自伝的大作である。先生自身のあらゆるライフシーンを縦横無尽に駆け巡り、その現場を我々にありありと疑似体験させるその独自の職人芸は、読む者を魅了する。また、青年ダーウィンなどの憧れのヒーローたちが、和気藹々と仮想講義を行ってくれていることも、嬉しい特典である。

だが、本書の発売を心待ちにしていた私にとっては、どうしても期待はずれ感が否めなかった。その理由は主に以下の2点による。
① 扱う範囲が広すぎて、その理論を追いきれない。
先人達の研究や理論が、あまり詳しく説明されないままに、まるでパレードのように次から次へと登場し、とてもフォローしきれない。確かに先生の膨大な知をそのまま継承しようと思えば、必要な量なのかも知れないが、先生より短い人生を送ってきたにすぎない多くの読者にとっては、必然的に相当の忍耐が求められる内容になっている。
② 科学を括弧にいれる態度が曖昧。
我々の抽象概念は元を辿れば全て直接経験(直観)に依拠しているから、自らの直接経験をもっとも確かなものとする(自然誌的)態度は正当である。だがそれを徹底的に突き詰めていくならば、その実存こそ動物と等しく、なんら語る言葉を持たないはずではないか。それでもア・プリオリに確実と思われる命題を(抽象化して)公理とし、推論をすすめてゆく事こそが科学的探究の発端であったはずである。だからこそ本書において、「科学を括弧入れ」したうえで提出される諸命題それ自体が、科学を進める実践に役立つような抽象的な命題である事に違和感を覚える。それは確かにパラダイムシフトかもしれないが、理論的裏付けを期待する以上、科学的営みの範疇であることに相違ない。

余談だが、「展成(=進化)」を理解するためには、生物の「生きようとする努力」、その根源的欲求そのものが「何であるか」を分かる事が最も肝心だろう。私はショーペンハウアーがそれを「意志」として華麗に説明しつくしたことに圧倒されたのだが、先生の講義や著作の中で、私の知る限り一度も彼の名前が出てこなかったのは残念である。
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このトピックの全投稿1件中1件から1件までを表示
最初の投稿: 2017/04/02 11:30:51 JST
著者よりさんのコメント:
2月23日付けの拙著へのカスタマーズ・レビューに反論します。期待はずれであったという正直な感想はありがたく受けとめます。しかし、本の内容紹介に重大な事実誤認がある場合には、それを指摘しないことは広くネガティブな効果を波及させるだろうと懸念し、慎みに欠けますが、あえて投稿に踏み切りました。
①について。「先人達の研究や理論が、あまり詳しく説明されないままに、まるでパレードのように次から次へと登場し」というのはまったくの虚偽です。章の順番に沿って、小説などからの引用は省いて列挙すれば、次の先人たちについて、類書にはないほど「詳しく説明」し(仮想講義も含めて)、さらにその多くに批判をくわえています。1)フッサール、2)メルロ=ポンティ、3)今西錦司、4)ユクスキュル、5)ハラウェイ、6)谷泰、7)馬渡峻輔、8)ローレンツ、9)クマー、10)オーエンズ夫妻、11)レイコフ、12)アトラン、13)ダーウィン、14)デネット、15)伊谷純一郞、16)西田利貞、17)杉山幸丸。それほど詳しくはないですが、18)エヴァンズ=プリチャード、19)ジョン・ナイトをはじめとするNatural Enemiesへの寄稿者たち、20)阪上昭一、などについてもかなりつっこんだ議論があります。さらに、牧畜研究者として太田至、波佐間逸博を高く評価したことは、拙著の大きな功績であったと自負します。
 思うに、レビュアーは拙著の「戦線の拡大」にうんざりしたためにこんなことを書いたのでしょうが、それを「パレード」と呼ぶのは悪意ある修辞です。「戦線の拡大」は拙著にとっての生命線でした。すなわちいわゆる動物/人間関係に関する議論の決定版ともいうべき真に包括的な枠組を提示することが目的だったので、それを中途半端に済ませるわけにはいきませんでした。想像ですが、レビュアーは先人の「詳しい説明」を追う根気がなかったために、こんな不正確なことを書いたのではないでしょうか。
 ②「科学を括弧に入れる態度が曖昧」という評語にはほんとうにびっくりしました。どこに曖昧さがあるのか、指摘してほしいものです。後段を読むと書評者のキイワードが「抽象的命題」であることが窺われますが、「抽象的」という修飾語が何を指すのかわたしにはわかりません。
a) 本質直観と「抽象化」はべつもの:真に抽象的といえる論証はたとえば、ルーマンのシステム理論、あるいはスペルベルの表象の疫学。ただし、後者は抽象化の代価として、民族誌的には空疎さを招いていることを別稿で指摘しました(『ミクロ人類学の実践』[世界思想社]所収の拙論参照のこと)。今西の初期の思考は、虫けらを見つめながら本質を直観したのであり、抽象化をめざしたのではない。
b) 拙著の論証スタイルが問題なのか?しかし読者との交通を確保するためには、論証には「内的整合性」「首尾一貫性」が不可欠であろう。アザンデの妖術パラダイムと同じ。それは自然科学への回収とはまったく異なる。
c) レビュアーは「自然主義」とフッサール流本質直観の分岐点をまったく理解していない。前者は、すべてを知覚(感覚与件)に基礎づけることをめざすが、後者は「理念的操作」と「虚構的想像力」の行使を不可欠の成分とする。その意味で、フッサールの「自然主義」批判は正しい。
d) 自然誌的態度によってなされる思考は、民俗メンデリズムと同様、科学の知見と収斂することがある。しかし、それをもって、結局科学の枠内で行われている作業だ、と断じることは誤りです。また、考古学的な認識を思考に編入する手続きを書きましたが、ここにも曖昧さはありません。
e) 柴谷篤弘のようなネオダーウィニストもまた、自分のアタマではじめて自然選択や生命の自己複製について「納得」した経験を、大切なこととして書き記しています。受け売りではなく、みずからから切り離せない経験として〈了解〉することこそ、知の制度化からのもっとも有望な逃走経路です。
a)~e) に基づき、レビューの②は誤読だとわたしは判断します。
 最後に、レビュアーの「余談」について。わたしはこのような「話しのもってゆきかた」をもっとも批判したかったのです。われわれに与えられた時間はあまりに短い。哲学の教科書を書くわけではないのだから、何もかも網羅することは不可能です。わたしの最大の悔いは、アリストテレスの動物論と対話するだけの余力がなかったことですが、ショーペンハウアーは射程外でした。他者の言説への批評・批判として厳に慎むべきことは以下のとおりです
1)ないものねだりをしない:その著者が参照しなかった文献をもちだして、「すでに同じことが言われている」と指摘するのは、昔、米山俊直さんが「寄らば大樹の蔭」と批判した論法です。当該言説が参照した文献に限って、その理解不足を指摘すべきでしょう。
2)我田引水をしない:たとえショーペンハウアーに心酔しているとしても、それをもちだして「残念だ」と感想を述べることはフェアではありません。
3)プロセスではなく結果だけを見る資本主義の病に屈しない:「すでにこのようなことがわかっているのだから、同じ結果を出してもムダである」と判定することこそ、制度化された科学を支配する規約です。そうではなく「真に重要なことは繰り返し考えられなくては」(『密閉都市のトリニティ』のヒロインのことば)という思考過程を大切にすることこそ人文学の態度です。ちなみにわたしは「人文科学」という語を使いません。言語科学は境界例なので微妙ですが。
 わたしがこのレビューを読んだ全体的印象は、これこそ「あらゆる革命を陳腐化する傍観者的シニシズム」の典型だというものです。みずからの作業を「静かな革命」と僭称する図々しさはさすがにわたしにはありませんが、その志を少しでもレビュアーと共有することを願っています。
 拙著でサイバースペースに依存して認知能力を「退化」(ローレンツが危惧する「家畜化」)させてゆく未来世代への暗澹たる思いを書きました。匿名書評には、アカデミズムに張りめぐらされた権力関係から離脱して歯に衣着せず批判できるという利点がありますが、誤った情報をウェブ上に拡散させることは、著者の心血を注いだ苦闘を挫き、絶望的な出版情況のなかで読者層の掘り起こしに奮闘している出版社の営業努力を妨げます。このレビュアーが、署名つきで、どこかの書評欄に本格的な批判を投稿してくださることをお願いします。そうすれば、もっと正確な議論ができるでしょう。
 これほど長い拙文をここまで読んでくださったカスタマーのみなさまに御礼申し上げます。またみなさまからの再反論を歓迎します。菅原和孝拝
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