受動喫煙についての研究のメモ(坪谷透氏)

東北大学の坪谷透氏が、受動喫煙に関する研究をまとめて下さったので、許可を取ってここでご紹介いたします。以下、坪谷氏のフェイスブックからの転載になります。

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 疫学会のMLで、今村さん@英国ケンブリッジと、国立がん研究センターの片野田さんが、たくさん情報提供してくれたのでまとめ。知らないこともたくさんあるなぁ。

 こういう議論が不要になる世の中が、早く来ることを願ってやみません。研究者のエネルギーはもっと生産的なことに使いたいと思います。

 ■受動喫煙の悪影響について:

 ・次のメタ解析のような結果を反映してのエビデンスが重要と捉えられているようだが、関与している疫学研究は対照比例研究を含み、社会的因子や生活習慣の因子など交絡因子の調整が不十分でさらに出版バイアスも疑われ残念ながら質が低い。

Hori et al., Jpn J Clin Oncol, 2016 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27511987

 ・WHOのドキュメントなどからも因果関係がある可能性は強く支持されているが、因果関係が証明されたわけではない。証明されているかのような表現は不適切。科学的でないと突っ込まれうる。

 その不確定性のある情報に基づいて15000人の死亡者数の推計があるが:

 ・多くの前提に基づいた推定値である

 ・客観的なPeer-reviewを介したものではない(?)

 ・日本における死亡率に寄与しうる因子については、Ikeda et al., PLoS Medicine, 2012が代表的な論文と思うがSecond hand smokingに関する推定はない

 ・Global Burdens of Disease によると、2015年の日本における同等の推定は9,025.79人 (95% Credible interval=11,989.85~6,663.52人)で15000人を下回っており15000人という推定はやはり不確かでは

 ・(交通事故の死亡者数と比較する記載も多いが)その不確かさを鑑みると、その推定値があたかも真のような議論をするのは不適切

次のようなポイントを抑えるべきでは

 ・死亡者数15000人はあくまで不確かさを含んだ推定値。

 ・死亡者数で煙害を語るのはかなりの過小評価である。Disability adjusted Life-years(DALYs)の損失の考慮が必要。死亡者数の推定は煙害のほんの一部であり、がんや循環器系疾患の患者数(≠死亡者数)を含めるべき。さらに煙害は呼吸器系疾患(ぜんそくなど)を生み、死亡率には寄与しない疾患、QOLの損失を考えると煙害は国民の健康被害や医療への負担を生む(参考: Öberg et al., Lancet 2011; 377: 139–46; およびGBD、Institute for Health Metrics and Evaluationのウェブサイト)。

 ・GBDの推定によれば、日本の2015年における煙害由来のDALYsは101,680.59人年(129,123.20~77,878.01)。

 ■別の点:

公共スペースの屋内禁煙という政策について、煙害による死亡者推定や煙害に関する疫学結果と関連付けるのは無理がある。なぜなら、公共スペースにおける煙害だけが煙害の総被害に直結しているわけではないから。次の点を考慮するとよいでは。

・煙草の価格への介入以外に行える公共政策は非常に限られている

・その限られた範疇の1つとして公共スペースの屋内禁煙の実施は妥協できるものではない

・公共スペースに対する政策は微々たるものだが、煙害を防ぐ、禁煙を促進する策としてそこから始めるのは極めて妥当。

WHOの下部機関であるIARC(国際がん研究機関)は、2004年のMonograph Vol.83において環境たばこ煙の発がん性についてグループ1(ヒトに対して発がん性がある)の判定をしました。

http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/vol83/

2006年の米国Surgeon General Reportでは肺がん、虚血性心疾患、SIDS、小児の呼吸器疾患などについてレベル1(科学的証拠は因果関係を推定するのに十分)と判定し、2014年の50周年Reportにおいて脳卒中が追加されました(脳卒中は過去の起因死亡の定量化には含められていないことが多いです)。

https://www.cdc.gov/tobacco/data_statistics/sgr/2006/

https://www.cdc.gov/tobacco/data_statistics/sgr/50th-anniversary/index.htm

WHO「たばこ規制枠組条約」は、これらの科学的証拠の確立に基づいてとりまとめられたもので、第8条の1において「締約国は、たばこの煙にさらされることが死亡、疾病及び障害を引き起こすことが科学的証拠により明白に証明されていることを認識する」と規定されております。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty159_17.html

http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/42811/1/9241591013.pdf?ua=1

これらの科学的根拠と国際的枠組みに基づいて、英国を始め世界の約50か国、米国約30州において屋内の公共の場所が法律で全面禁煙(罰則付き)となっています(実質的な屋内全面禁煙の国・地域を含めるともっと多くなります)。

ハーバード大学のカワチ先生、東京大学の渋谷先生らが情報発信

http://www.asahi.com/articles/ASK5S5W16K5SUBQU00Y.html

日本医師会でも、全国的な署名活動が展開されています。

http://www.med.or.jp/people/info/people_info/005096.html

WHOの文面、Preamble (前文)とArticle 8.においてscientific evidence has unequivocally established that exposure to … causes deaths … というような表現をしていますが、Establishとは「否定しようがない」「確実なものにしている」というような意味になります。

細かいようで恐縮ですが「日本での介入効果の証明がないではないか」というような意見も散見されるので記させていただきました。エビデンスの必要性や質が歪曲されて語られないようにと思っています(参考:スカイダイビングのパラシュート  Smith et al., BMJ 2003;327:1459 )。

「受動喫煙の健康被害は立証されていない」という言説は、たばこ産業が繰り返し使ってきたものです(現在も使われています)。

RCTなど介入試験がないこと、動物実験のデータが少ないこと、喫煙習慣が自己申告であることなどを批判にしたもので、これらはたばこ産業だけでなく、かつてはニュートラルな立場の疫学やメカニズム系の研究者からも出されていました。

(1986年のIARCのMonograph Vol.38はむしろその批判側に立って書かれています)

http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/vol1-42/

このような批判に対して、たばこ産業側を含め多くの研究者が研究を蓄積し、実験データも含めて検証してきた結果、IARCのMonographや米国Surgeon Generalが発がん性や疾患との因果関係を認めるに至りました。実に20年近くの年月がかかっています。根拠とされた論文には数多く日本の研究も含まれています。

この間、たばこ産業側はさまざまな研究不正や歪曲、虚偽報告も行ってきました。

日本では、たばこ産業が自己申告の妥当性を生体指標で検証するため出資した

Japanese Spousal Studyが有名です。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=16046682

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16046673

(Japanese Spousal Studyの虚偽報告が検証されるのにも10年以上かかっています)

能動喫煙と肺がんとの関連を観察研究で示したリチャード・ドールに対して、統計学の大家フィッシャーが猛批判をしたことは有名です。現在も状況としてはあまり変わっていないように思います。

+津川さんのブログ

https://healthpolicyhealthecon.com/2017/05/28/imperfect-evidence/

坪谷 透(つぼや とおる)

新潟県三条市出身。東北大学医学部卒業後、手稲渓仁会病院にて内科研修。東北大学大学院修了(博士(医学))し、2013-15年Harvard School of Public Healthにて社会疫学の研究。現在、東北大学大学院歯学研究科 助教。

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