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小児がん 治ったはずが… 治療後の課題

子どもが亡くなる病気で最も多い「小児がん」。発症する子どもは、年間2500人前後と言われています。医療の進歩によって、かつてと比べると助かる命は増えてきましたが、その一方で、治療で命をとりとめたはずの子どもたちが、その後、さまざまな“症状”に苦しみながら、生活している実態が、明らかになってきました。(社会部 久米兵衛記者)

厳しい治療に耐えたはずが

神奈川県に住む小学4年生の榮島四郎くん(9)は、3歳の時、突然激しい吐き気に襲われました。自宅近くの病院などで熱中症や胃腸炎と診断されましたが、症状はいっこうに収まりませんでした。両親はCTやMRIなどで詳しく検査をしてほしいと病院に繰り返し頼み、脳腫瘍と診断されました。腫瘍を摘出する手術が行われ、再発を防ぐために、数か月間、抗がん剤や放射線の治療を受けました。

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治療からもうすぐ5年になりますが、再発することもなく、学校にも通えるようになり、母親の佳子さんは、ほっと胸をなで下ろしました。
しかし、佳子さんには気がかりなことがありました。四郎くんの体の成長が、同じ年頃の子どもに比べて遅れていたのです。「一見、体調もよくて元気に見えるんですけど、治療する前より疲れやすくなったし、相当てきぱきとしていたのが、以前に比べると半分くらいになったような気がして…」と話す佳子さん。治療の影響かもしれないと考え始め、先月四郎くんを横浜市の総合病院に入院させて、詳しい検査を受けさせました。そして…医師から告げられたのは成長に必要な「成長ホルモン」の分泌量が、著しく減ってしまっているという事実でした。原因は脳腫瘍の治療で受けた放射線の可能性が高く、今後、成長ホルモンを補うために、毎日、自宅で注射をうつ必要があると説明されました。

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佳子さんは「病気になった時は『生きていてくれればいい』という思いで受けた治療ではあったんですけど…。いろいろな副作用が出てこないでほしいと改めて思いました。しっかり治療して元気に大きくしてあげたいです」と話しています。

治療後の“症状”はさまざま

小児がんを経験した人は成長期に受けた放射線や抗がん剤などが原因と見られるさまざまな“症状”に悩まされている実態が国の研究班の調査でわかってきました。
日本医科大学付属病院、聖路加国際病院、それに東北大学病院の3つの病院で、平成21年までの30年間に小児がんの治療を行った668人について調査した結果、治療後に“症状”が出ていた人が4割に上っていたのです。
その内容は、ホルモンが出なくなる「内分泌系の異常」や、身長が伸び悩む「成長」の問題、「不妊」、「認知機能の低下」、「関節などの体の痛み」から、「心血管の異常」などの命に関わるものまで、合わせて16種類以上にも及んでいました。また、こうした人の4割近くに複数の“症状”が見つかり、なかには、5種類もの“症状”が出ていた人もいました。

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調査を行った日本医科大学の前田美穂教授は「小児がんそのものが治って、病院に通うのをやめてしまった人もかなりいるはずで、今回の調査では、そうした人まで把握しきれていない。治療から長時間たってから“症状”が現れることも多く、実際にはもっと多くの人が“症状”を抱えている可能性がある」として、さらに実態調査を進める必要があると指摘しています。

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原因に気付かず苦しみ続けた人も

治療が原因だと気付かないまま、長年苦しんできた人もいます。白血病を経験した都内で働く宮城順さん(35)が、治療後の“症状”に悩まされ始めたのは、小学5年生のころでした。突然、手首が動かなくなり、指も自由に曲げられなくなったのです。
さらに、深刻だったのが、体の成長の悩みでした。成長期でも身長が伸びず、声変わりもしないまま。体力もなく、体育の授業に出た翌日は体が動かず、学校を休まなくてはならない日もありました。成人になっても体重は36キロしかなく、大学を卒業して就職したものの、通勤するだけで疲れ果ててしまう毎日で、精神的にも追い込まれて転職を繰り返しました。

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宮城さんは次のように振り返っています。 「中学くらいになると、周りの友達とも体格の差がすごく出始めて、『どうして自分はみんなと同じように成長しないんだろう』って疑問でした。自分だけが、ずっと子どものままで、取り残されたという感じがすごく強かったですね。就職してからも、自分では『こうしたい』って思っているのに体がついてこなくてなかなか仕事を処理できず、そういうつらさから、体のバランスが徐々に崩れていったのを感じました」。

宮城さんがようやく原因を知ったのは3年前、30歳を過ぎてからでした。都内に小児がんの専門的な治療を行う病院があることを知り、検査を受けた結果、男性ホルモンが分泌されていないことがわかったのです。さらに、貧血や肺機能の低下、肝機能障害なども見つかり、生殖機能が働いていないこともわかりました。原因は7歳の時に発症した「白血病」の治療。宮城さんは、兄の骨髄を移植し、放射線や抗がん剤による治療も受けていたのです。
宮城さんは、男性ホルモンを補う治療を受け始めました。36キロだった体重は治療を始めて3か月で44キロに増え、体力もついてきました。

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まだ、“症状”はすべて改善した訳ではありませんが、フルタイムで働きながら、1人暮らしも始め、ようやく前向きに生活できるようになりました。 宮城さんは、「男性ホルモンが分泌されていないと聞かされて、『もうすべて謎が解けた』という感じでした。原因がわかったことで、ちょっと心が軽くなったというか。それまでは何が原因かわからず、どうしていいかもわからなかったので、治療の方法が見つかって、すごく世界が、将来が明るくなりました。もっと早くわかっていれば、社会に出る準備とかもしっかりできていたと思うので自分の病気のことは、もっと早く知っておくべきだと思いました」と話しています。

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きめ細かい支援を

小児がん治療とその後の支援体制の整備に取り組んでいる、国立成育医療研究センターによりますと、小児がんの治療を経験した人は、国内で10万人以上と推計されています。ただ実際に、どれくらいの人が、治療後の“症状”に悩んでいるのかは、わかっていないということです。
国立成育医療研究センターの松本公一小児がんセンター長は、治療を受けた子どもたちに、どのような“症状”が出ているかを、正確に把握できる仕組みを作り、一人一人の症状や生活の状況にあわせて、きめ細かく支援していく必要があると指摘したうえで、「患者が100人いれば、100通りの悩みがあり、治療のあとも長期的にフォローしていくことが大切だ」と話しています。

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治療と支援体制の整備を

国のがん対策の具体的な方針を定める基本計画は5年ぶりに見直されようとしています。厚生労働省のがん対策推進協議会では新しい基本計画の内容について「予防」、「医療」、そして患者が安心して暮らせる社会を目指す「がんとの共生」を柱に大詰めの議論が行われています。

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このうち「がんとの共生」は、治療の後に長い人生を送る小児がんの子どもたちにとっても重要なテーマです。厳しい治療に耐え抜いた子どもたちが、ほかの子どもたちと同じように学校で学び、社会に出られるよう、国が中心になって、長期的に支援する体制を整備することが求められます。
もう一つ大切なのが治すための「医療」です。小児がんという病気からひとりでも多くの子どもの命を救うために、治療法や薬の開発などを進めることが重要です。そして、命を救うために抗がん剤や放射線による厳しい治療が必要である以上、治療法や医療体制の向上がその後に現れる“症状”を軽くすることにもつながります。
国が全国の15の病院を小児がん拠点病院に指定して本格的な対策をスタートさせたのはわずか4年前です。小児がんは大人のがんに比べるとまだまだ対策は遅れています。新しいがん対策の基本計画には小児がんの「医療」の向上についても盛り込んだうえで治療後の支援とあわせて、しっかりと対策を進めていくことが必要だと思います。

久米兵衛
社会部
久米兵衛 記者