TLにこんなのが流れてきた。
金持ち、普通、貧乏人それぞれが『成功に必要なのはどんな要因だと思うか』を回答したもの。貧乏人は見事なまでに、自分のせいじゃない!環境が悪いんだ!と言わんばかり。中流階級の人間は、学歴とかそういった目に見えやすい要因を原因だと感じている。 pic.twitter.com/uMCBHmGNdL
— 起業家.comの代表 (@kigyoka_com) April 4, 2017
「成功するために必要なことは何か?」
という質問に対して…
貧乏人は見事なまでに
「自分のせいではない」
「環境が悪いんだ」
というニュアンスの回答ばかりしている。
実際の金持ちは
・本人の努力次第だよね
というニュアンスの回答をしている。
これを見ていたら、「やり抜く力」という書籍を思い出した。
本書の中でざっくりまとめるとこんなことが書いてある。
- やり抜く力を持たない人は、自分の苦しみを変えようがない原因のせいにする。自分にはどうすることもできないものだと解釈する。だから絶望する。だからくじける。
- やり抜く力を持ってる人は、自分の苦しみは一時的な状態に過ぎないと考える。何か特定の原因があるだけだだから、だったらその原因を取り除けばいいだけと解釈する。だから、全ては自分の努力次第となり、とくに絶望することもない。
悲観主義者は、任された仕事が終わらなかった原因を「自分はなにをやってもだめだから」「意気地なしだから」などと答える。
このような受けとめ方は「永続的」で、自分ではほとんど変えようがない。
しかも「不特定的」であり、仕事の能力だけでなく、ほかのさまざまなことにまでおよんでしまう。
このように、逆境を「永続的」で「不特定的」なものとして受けとめると、小さな失敗を取り返しのつかない大失敗のように感じてしまう。
そうすると、もうあきらめるしかないと思ってしまうのだ。
しかし楽観主義者は、任された仕事が終わらなかった原因を、「時間配分をまちがえたから」「気が散ってしまい、効率のよいやり方ができなかったから」などと答える。
このような受けとめ方は「一時的」で「特定的」であり、「どうにかできる」と思えるので、問題として対処しようという気になる。
by「やりぬく力」より
この二つの話、なんとなく繋がってる感じしない?
最初のツイートによれば、貧乏人ほど「環境が悪い」など、自分にとってどうにもならない問題が貧困の原因だと考えている。
金持ちほど、「努力が大事」と考え、自分の状況は自分で制御できると考えている。
そしてやり抜く力によれば、できない人ほど、自分にとってどうにもならないことが原因だと考えるから絶望し、疲れ、やりきれなくなる。
できる人は自分にとってどうにかなることが原因だと考えるから、対処すればいいだけだと考える。
その差が、両者の結果を分ける。
ここまで書いてから気付いたけど、これって成功に限らず恋愛やモテなんかにも通じる話だと思う。
よく、外見に対して手抜きな人ほど
「俺はどうせブサイクだから何をしても意味ない」
「だから服とかおしゃれになんて気を使わない」
と考えている。
でも実際は違うよね。
どんなに素材がブサイクだろうと、清潔にして、それなりに整えれば、それなりなものにはなる。
こういう人はブサイクだから意味がないのではなく、「ブサイクだから意味がないと考えて、自分にできる努力を放棄しているから、ブサイクから抜け出せないだけ」だ。
実際は本人の努力次第でいくらでもイケメン美女になれるのに、そのことに気付いていない。
だからブサイクから抜け出せない。
それだけの話だ。
これも前述の「自分にとってどうにもならないことが原因だ」と考えている思考だよね。
なるほどね。
お金にしろモテにしろ、こういう「自分の受け止め方」で、人は現実を作ってしまうんだね。
ちなみに上記の「やり抜く力」の中では、楽観主義が形成される要因としてこのようなものをあげている。
マインドセットはどのようにして形成されるのだろうか。
ドウェックによれば、それはその人が過去にどのような成功や失敗を経験してきたか、そして周囲の人びと、とくに親や教師などの権威をもつ立場のおとなが、どのような反応を示したかによって決まるという。
たとえば、あなたが子どものころに勉強や運動などで成果を出したとき、周りのおとなにどんな言葉をかけられただろうか?
「才能があるね」とほめられただろうか?
それとも「よくがんばったね」と努力をほめられただろうか? じつはおとなになって成功や失敗をしたとき、その原因を自分の才能に結びつけるか、それとも努力に結びつけるかは、子どものころの「ほめられ方」によって決まる確率が高い。
ようするに、小さい頃から「才能」ばかり褒められていた人は、「全ては才能次第だ」と信じるようになる。
小さい頃から「自分の努力」をよく見てもらい、褒めてもらっていた人は、自分の努力に価値を感じるようになる。
なるほどなるほど。
単純な理屈だね。
ってことは、今「悲観主義な人」が、これから楽観主義に変わりたいのであれば、行うべき行動は簡単だ。
自分の努力を認めることだ。
自分の努力を褒めることだ。
自分の能力や成果ではなく、努力に目を向けてあげることだ。
それは自分で自分に対して褒めてあげるのもそうだし、あるいは周囲にそういう誰かを置いておくように人間関係を選択するのもいいかもしれない。
あなたの結果や成果ではなく、あなたのがんばりや努力を認めてくれる友人、恋人、そういう相手を選ぶようにする。
そうすれば、自分の中に固定されていた信念を変えることができるはずだ。
ってふとおもった!!!!