ジャーナリスト 吉田典史=取材・構成
高校を学業不振や家庭の事情、進路変更などさまざまな理由で中途退学する人がいます。その数は1990年前後に、年間で12万人を超えるほどに膨れ上がっていました。現在は5万人ほどになっていますが、高校中退者が置かれている状況はこの数十年、大きくは変わっていません。
前回、今回、そして次回と3回にわけて、東京大学の地震研究所の元人教授の都司嘉宣さんと、認定試験を経て、この4月から東京家政学院大学の学生となる森亜梨沙さんとの対談を紹介します。2人の対談を通じ、見えてくる日本の社会の問題をともに考えたいと思います。
目標に向けて勉強することが楽しかった
今春から大学生になる森亜梨沙さん。
【都司嘉宣】認定の存在はお姉さんから聞かされたようですが、ほかにはどなたか、教えてくれましたか?
【森亜梨沙】アルバイト先だったパン屋さんで長く働かれていた女性も、教えてくださいました。私の母と同じくらいの年齢の方で、ずいぶんとかわいがってくれたのです。
【都司】いい方に巡り合えましたね。
【森】あの方にお会いしていなかったら、まだ、認定試験のことを知らなかったのかもしれません。私はたくさんのいい人と出会えましたから、恵まれています。
そのお店では、はじめはレジを打つ仕事をしました。パート社員の方が、パンの整形という作業をしていたのですが、それを私がすることになったのです。だんだんと慣れると、できるようになりました。高校を辞めて、失いかけていた自信を取り戻し、新しいことをしてみたいと思うようになったのです。ちょうどそんな頃に、認定のことを教えていただいたのです。
【都司】森さんは、強い人なのでしょうね。パン屋さんにお勤めの方たちから聞いたとしても、自分の身を中央高等学院に移し、道を切り開いていくのですから。そのような積極さがあるのは、強いからですよ。私は、かねがね思っているのです。中学校の校長先生が、認定試験のことを卒業する生徒たちにもっと言ってほしい。多くは高校に進学するのでしょうが、いじめを受けたり、学校に合わなかったり、さまざまな理由で退学せざるを得なくなることがあるかもしれないのです。
そのような場合には、認定試験があるから受けたほうがいいと教えていただきたい。合格したら、高校を卒業したことと同じ扱いになり、大学や短期大学、専門学校などの入学試験を受けることもできると教えてほしい。「高校を中退することは決してマイナスではない」と教えるのは、中学校の役目だと私は思っているのです。残念ながら、それができていない。
【森】高校を辞めたとき、2度と高校に行くことはないだろうな、と思ったのです。行かないだろう、ではなく、行けないと感じていました。姉やアルバイト先の人たちのおかげで、認定試験という大きな目標ができました。中央高等学院に入学するまでは不安ではあったのですが、毎日が本当に楽しくなりました。
去年(2016年)1月に入学して、机に向かい、先生の話を聞いて、ノートに書いていると、すごくうれしくなるのです。「私、すごい! 勉強している」と思うと、本当に不思議な気分になりました。目標に向けて勉強することが楽しい。入学してから生活リズムも変わり、先生方や新しい友達と出会えたりしました。勉強って、いいなとすごく思いました。認定試験を受けようとしたから、このことに気がつくことができたのです。
先生の教え方がうまくて、授業が楽しい
都司嘉宣・元東京大学地震研究所准教授
【都司】森さんは昨年(2016年)、認定試験を受験したのですね。
【森】8月の試験を受けて、全科目(8科目)に合格しました。
【都司】一発合格? すごい! 8科目、一発合格!
【森】私は同級生より遅れていたことに焦りを感じていたため、絶対に一発合格しよう!と心に決め勉強に励みました。一発合格できたのは、学校の先生方のサポートがあってのことだと思います。
【都司】そのあたりが、森さんらしい強さなのですよね。すばらしい! 昨年の1月に中央高等学院に入り、約半年後に全科目合格。優秀です! そのようには、なかなかならない。
森さんは高校1年のときに、半年くらいで辞められたのですね。それでは、高校で単位をもらうことができないでしょうから、全部の科目を受験しなといけない。
【森】高校でもらった単位は、ゼロでした。
【都司】おそらく、大変だったのは英語と数学だったと思うのです。ほかの科目はともかく、英語と数学はごまかしがきかない。毎日、知識を少しずつ積み重ね、力をつけていくしかない。
【森】中央高等学院の先生からも、そのように教えていただきました。英語と数学、そして地学。この3科目の勉強が特におもしろかったのです。先生の教え方がうまくて、授業が楽しい。
【都司】高校を辞めてから中央高等学院に入るまでに家の中に閉じこもっていたわけではなく、アルバイトを通じて社会とつながりがあったのですね。これも、きっといい影響を与えたのでしょう。働きながら、特に意識をしないうちに、現代社会などを学んでいたのだと思います。景気がいい、とか、ガソリン代が高いとか……。高校を辞めた後の、そのような2~3年の経験は長い人生からみると無駄ではないと思います。
森さんは、通学生だったのですよね。
【森】はい、毎日通っていました。先生が、「(授業の)出席率が合格率」と何度もおっしゃっていたのです。教室の扉にも、大きな紙が貼ってありましした。「とにかく、学校に来るように」と。「家にいないで、学校に出てくるように」と何度も何度もお話されるのです。「学校に来たら、先生がきちんと教えるし、友達もいる」と。
出席率が高い人は、本当に合格率も高いように思いました。認定の試験を受けているとき、授業中の先生の声がポーンとよみがえることがあったのです。世界史の試験で「あれ?この人の名前、聞いたことがある。先生の授業で覚えた人の名前だ!」と思い起こし、問題を解くことができました。
【都司】それは、ありますね。
【森】本当に不思議でした。化学の試験を解くときも、先生の特徴的な声が聞こえてきて正解がわかるのです。
【都司】その経験は今後、社会人になってからもあるでしょう。私もアメリカに行ったとき、はるか前の中学校のときに学んだ英単語がぱっと出てくることがありました。あっ、カバは「ヒッポポタマスだ!」なんて、動物園で実物のカバを前にしたときでした。
【森】そうですか。中学校や高校では、ひとりの先生に対して生徒の数が多いから、中央高等学院のような丁寧な指導はできないように思いました。
【都司】たしかにそうでしょうね。小学校の先生などは、ひとりで全科目を教えて、30~40人の児童の名前も覚えるのでしょう。私は、前々から感心しています。その意味では、大学の先生はいい加減でね(笑)。特にいい加減なのは京都大学の先生でしょうか。これは、内緒ですよ!(次回に続く)
都司嘉宣(つじ・よしのぶ)
1947年、奈良県生まれ。灘中から麻布中へ転校後、麻布高校を卒業。現役で、東京大学(理科一類)合格。工学部土木工学科卒。東京大学大学院理学系研究科修士課程(地球物理学専攻)修了。1982年、35歳で博士号(東京大学)。1984年、37歳で東大地震研究所の助教授に。NHKなどの番組で地震や津波などの災害のわかりやすい解説をすることで、知られる。2012年3月に64歳で定年退官。現在は、深田地質研究所(文京区)の客員研究員などを務める。東北大学の研究者らとともに調査をし、論文を精力的に書く。
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