「取り返しつかない」講習会責任者、会見で釈明
「絶対安全だと思っていた」--。栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場付近で起きた雪崩で県立高校生ら8人が死亡した事故で、現場責任者だった教諭が29日、初めて記者会見して当時の判断について語り、反省の言葉を口にした。一方、事故現場の地元からはこの日、「無謀」との声が上がり、友人を失った生徒たちは悲しみを新たにした。
「春山登山」の安全講習会で現場責任者を務めた県高体連登山専門部の猪瀬修一委員長(50)は、大田原高校山岳部の顧問で指導歴は20年以上というベテラン。犠牲者8人はいずれも教え子や同僚で、事故から3日目で初めて姿を見せた。
委員長は事故当時はスキー場近くの旅館に構えた本部にいて、出発前で別の場所にいた登山経験が豊富な教員2人と話し合って中止を決める一方、代わりにラッセル訓練を行うことを27日早朝に決めた。ラッセル訓練のルートや危険性について協議することはなく、引率教諭が独自に判断し、どこまで登っていったのかを把握していなかったとしたという。
また、雪の中で位置情報を知らせる電波発信機(ビーコン)を装備していなかった点については、「雪崩の危険性のある登山には必要だが、高校生は(危険な山には)行かない。全国的にもそうだと認識している」と釈明した。猪瀬教諭は「安全だと思っていた」と説明。根拠として、過去に同じ場所で訓練を数回行った「経験則」との説明を繰り返した。経験で安全性を判断したことについて、結果的に慢心があったことを認め、「正直あの時行かないという判断をできればこんなことにならなかった」と後悔の言葉も述べた。
雪崩発生から通報まで約1時間かかったことについても問われたが、現場からなぜ通報できなかったのかは把握していないという。
猪瀬教諭は旅館で連絡係として待機していたが、午前9時ごろから約10分間は無線機から離れていたといい、「その間に通報があった可能性はあり、今では不用意だったと思っている」と釈明した。
猪瀬教諭は「私ができることは私の知っていること、こういうことになってしまったことを嘘をつかずに誠実に答えること」とし、「取り返しがつかないこと」と涙ぐんで声を震わせた。体調への配慮として、2時間余りで会見場を途中退席した。【野口麗子、萩原桂菜、三股智子】