普通の風邪には抗菌薬(抗生物質)は効きません。にもかかわらず、抗菌薬が処方されることがあります。なぜ医師が抗菌薬を処方するのか、その理由の一つに「患者さんが抗菌薬を希望するから」といことがあります。実際、「かぜっぽいので、○○(抗菌薬の商品名)をください」とおっしゃる患者さんはときにいらっしゃいます。
風邪のように薬を飲まなくても自然に治る病気に対する治療効果を正確に判定するのは難しいです。薬を飲んだから治ったのか、自然治癒なのか、区別がつきがたいからです。個人の体験だけでは薬の効果を誤認することがあります。風邪に対して商品名まで指定して抗菌薬を希望する患者さんは「抗菌薬を飲んで風邪が治った」という体験をお持ちなのでしょう。ただそれは、抗菌薬を飲まなくても治ったのかもしれません(というか、普通の風邪であったなら確実に抗菌薬を飲まなくても治ったと言えると思います)。
医師の処方は、医学的な判断だけで決まるのではなく、ある程度は患者さんの価値観や希望に沿うようにもします。医学的には抗菌薬が不要である可能性が高くても、患者さんの希望により抗菌薬を処方する医師もいるでしょう。この医師の考えを言葉で表現するとこんな感じです。
「この患者さんは普通の風邪で抗菌薬は不要である。しかし、風邪に対する効果は期待できないものの、抗菌薬のメリットとして安心感や満足感は得られるであろう。以前にこの抗菌薬を飲んだことがあり、アナフィラキシーショックなどの重篤な副作用が生じる可能性はきわめて低い。メリットは大きいとは言えないが、デメリットも小さく、全体的にはメリットが勝る。抗菌薬を処方しよう」。
安心感や満足感は馬鹿になりません。「抗菌薬が必要かどうかは医師である私が決める。患者風情が口を出すな」と患者さんを叱るような医師よりも、にっこり笑って「お大事に。早く風邪が良くなればいいですね」と抗菌薬を処方する医師のほうがいいように思います。
もっといいのは、普通の風邪に抗菌薬は不要であることを丁寧に説明することです。安心感や満足感を、薬を処方することではなく診療態度で得てもらおうというわけです。だいたいの患者さんはご納得していただけます(ただし、あとで別の病院や医師に受診し直しているのかもしれません)。
患者さんの希望通りに抗菌薬を処方していたのでは、いつまでたっても抗菌薬の適正使用なんてできません。このコラムを読んで、普通の風邪には抗菌薬がいらないことをご納得していただいた読者の皆様は、風邪で病院を受診したときに抗菌薬の希望を言わないようにしてください。
<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
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