藤原定家は京都でオーロラを見た 2
ストーリー by headless
赤気 部門より
赤気 部門より
藤原定家の「明月記」には建仁4年正月19日と21日(1204年2月21日、23日)に京都で「赤気 (せっき)」が出たとの記述がある。国立極地研究所は中国の歴史書「宋史」にみられる太陽の黒点の記録と突き合わせることで、定家の見た赤気が数日にわたって観測される「長引く赤いオーロラ」であることを確かめたそうだ(研究成果、
Space Weather - Journal Highlights、
論文アブストラクト)。
京都・仁和寺の「御室相承記」にも1204年2月21日~23日に3日続けて赤気が出たとの記述があり、現在調査されている日本の文献では「長引く赤いオーロラ」の最古の記録だという。国立極地研究所では、これらの記録および宋史にみられる黒点や「長引く赤いオーロラ」の記録と、樹木年輪の炭素同位体比から復元した当時の太陽活動の強弱を比較することで、平安・鎌倉時代における巨大磁気嵐の発生パターンを明らかにした。これらの知見は今後の磁気嵐を予測するうえで重要な情報になるとのことだ。
この研究について manmos 曰く、
京都・仁和寺の「御室相承記」にも1204年2月21日~23日に3日続けて赤気が出たとの記述があり、現在調査されている日本の文献では「長引く赤いオーロラ」の最古の記録だという。国立極地研究所では、これらの記録および宋史にみられる黒点や「長引く赤いオーロラ」の記録と、樹木年輪の炭素同位体比から復元した当時の太陽活動の強弱を比較することで、平安・鎌倉時代における巨大磁気嵐の発生パターンを明らかにした。これらの知見は今後の磁気嵐を予測するうえで重要な情報になるとのことだ。
この研究について manmos 曰く、
日本でも北海道ぐらいまで行けば、まれに低緯度オーロラが見られることもあるようですが、京都でオーロラが見えたというのはよほど太陽活動が活発かつその太陽風が地球方向にやってきたということで、現在だと電子機器などがエラいことになってるかもしれないと思うのは、現代人の性です。
理系と文系の融合 (スコア:4, 興味深い)
1月に開催された南極まつりで一般向けに発表されました。
極地研究所と国文学研究所がたまたま同じ建物内に有ったことがきっかけになったそうです。
また、他の記録を調査するために古文書の崩し字を読めるボランティアも募集中で、そういったイベントもあるようです。
不確定情報 (スコア:1)
> 京都でオーロラが見えたというのはよほど太陽活動が活発
見掛けただけで、根拠を調べられなかったのですが、この話題の時代の地磁気について
* 極の位置がちょっと違う
* 強さも
という話があるので、太陽活動だけ、ではないのかもしれません。
# 一次ソースがほしい
M-FalconSky (暑いか寒い)