おーい、シロー、大丈夫か?
いつも存在することが当然で、当たり前の様に使っていた物が、突然無くなって初めて、ありがたさを感じるようになる、というのは良くあることだ。
健康、友人、同僚、電車、車、パソコン、スマホ、その他多くのもの、
がそうである。
今、僕はその有難さを強く感じているものがある。
そのモノとは真っ白なノートPCである。書いていると思いがとても深くなってきたので、名前をつけることにした。
白色に着目し、
シロは英語ではホワイト、ウェールズ語ではグウィン。
シロー・グウィン・ホワイト
略してシローである。
シローと僕の出会いは一年半前にさかのぼる。
一年半前にちょうど僕はこのブログを始めた。
ブログを書くためにシローを購入したのだ。
シローは頼れるパートナーであった。
最初は、ブログの文章がうまく書けず四苦八苦していた。何度も心が折れかけ、ブログを止めようと思ったこともあった。
しかし、いつもシローが僕のそばにいた。一緒に少しでも良い記事が書けるようにと、共に試行錯誤を繰り返しながら頑張って来た。
おかげで最初の記事と比べると、随分と上達したように思う。
シローは言葉は話さないが、共に頑張って来た証拠となるデータを記憶し、いつも僕に見せてくれた。
僕は元気づけられ、ブログを今まで続ける事ができた。
シローなしではこのブログもあり得なかった。
シローが居なければ、僕は一人ぼっちだったかも知れない。
シローは伝達能力にも優れていた。
ブログだけでなく、Twitter、Facebook、messenger、メールなどを駆使し、人と僕を繋げてくれた。
多くの知り合いが増え、知り合いとの連絡もスムーズにでき、いろんな活動をする事ができた。
僕の人生を広げてくれた。
シローが居なければ、僕は一人ぼっちだったかも知れない、本当にそう思う。
シローはエンターティナーでもあった。映画、漫画、様々な知りたい情報、行きたいところ、色んな楽しい事を見せてくれ、教えてくれ、楽しませてくれた。
シローが居たので、僕はいつも楽しむ事ができたと思う。
まだまだ沢山ある。シローについて語るときりがない。
そのシローに2日前、突然の悲劇が襲った。
いつもと同じ様に、仕事から戻りシローの電源を入れた。
しかし、何かおかしい。
嫌な胸騒ぎがする。
電源を入れると、いつもならシローの顔が明るく輝く。
しかし、画面は真っ暗なままだった。
電源を入れ直した。
何回も、何十回も繰り返した。
おーい、シロー、大丈夫か?
僕は何度も呼びかけた。
大丈夫か、シロー。
画面や本体を軽く叩いたり、
さすったりも繰り返した。
電池は生きているものの、僕が期待する様な反応は返って来なかった。
シローはもう戻っては来ないのか?
二度とまた輝く顔を見せてくれる事はないのか?
シローとの思い出がグルグルと頭の中を周り始めた。
これまでシローと共にした、つまりシローが動いてくれた時間をざっと見積もってみた。
およそ、3000時間を越える、濃い思い出が詰まっていた。
シロー、これまでありがとう。
感謝しか、今の僕に言える言葉はない。
ありがとう、シロー。
もう一度、電源を入れてみよう・・・・・・
最後に。。
パソコンが壊れてしまいました。
なので、4年以上使っているiPhoneで書きました。
これから、どうしようか、そう思っています。
最後まで読んで下さりありがとうございました。