〒 みなさま
大人になってからごんぎつねを読んで、あまりのやるせなさに涙しました円野まどですこんにちは・・・!
今日は長くなってしまいそうなので、早速本題に入りますね(`・v・´)
三月ということでお仕事の予定がいつもより立て込んでいる方も多いのではないでしょうか。わが家のしゃん(私の家族)もこの時期の残業時間は100時間を越えてきます。
彼は残業ありきで仕事をするくらいなら昼休みを返上するという性格なのですが、業務量が膨大なのでそれでもまかないきれないのが現状のようです。
残業100時間といえばつい最近残業上限について、労働基準法を改案する動きがありましたね。
今日は当事者としてではなく、その家族としてそのことについて思ったことを書いてみようと思います。
*残業時間と法律
最近政府が働き方改革の為、残業時間に関する改案に乗り出していることをご存知の方は多いのではないでしょうか。「残業時間100時間未満とする」という言葉が頻繁に報道されていることから、批判の声も上がっています。
しかしこれは、「今まで実質上限のなかった残業時間に制限を設けた」改案ですので、少なくとも労働環境の整備に関して後退しているわけではありません。
ただ、せっかく政府が再編に乗り出すのであれば、過労死ラインである80時間を越えた100時間未満まで残業できてしまうのはいかがなものか、という考えも生まれるかと思います。これについては人間の労働能力の限界を越えているという反対の声が多くあげられています。
私がこの件を知った時、思ったことは3つです。
*筆者がこの件についてぼんやりと思ったこと
・残業時間に制限を設けても守られるのだろうか(業務終了したということにしてサービス残業もしくは別な日に労働したということで振り分けられるようになるのではないだろうか)
・実際に残業時間をこれ以上制限した場合、生活できない方が出てくるのではないだろうか?
・それでも現状は過労死もしくは寸前になる方を守れるものが少なすぎると感じている。どうすれば働きすぎることで亡くなってしまう方を減らすことができるのだろうか?
ぼんやりした話で恐縮なのですが、すぐにこの三つを思いました。
改案の良し悪しではなく、この案を使用することで現状より良くなるにはどうしたらいいのか考えてしまいました。
今回の動きに大きな反発が起きている原因の一つに、法律で上限を設ける際に100時間未満とすれば「政府が100時間未満まではお墨つきを与えた」と言えなくもないことがあります。前述した通りこれは過労死ラインを越えていますので、それを危惧する意見がでるのも頷けます。
前提としては100時間も残業していたら、倒れてしまう方が出るのもおかしくないどころか自然なことだと実際に残業100時間する家族をもつものとして思います。
残業をなくし、人々が働くということに半強制的に人生を奪われないことを私も望んでいます。それを実現する世の中にしたいと考えています。
しかし、今すぐ日本で実現できるのだろうかということを想像するとき幾つかの大きな壁があるように感じました。
*日本と残業
労働生産性、という言葉をご存知でしょうか。
労働生産性とは、従業員一人当りの付加価値額を示す指標であり「付加価値 ÷ 従業員数」(GDP ÷ 就業者数)で表される。投下した労働量(労働時間の量や時間によって算定)とその結果得られる生産量の割合となる。個別企業・業界など比較に用いられる場合もあるが、国際比較にも頻繁に用いられるものでもある。労働生産性とは - 人事労務用語 Weblio辞書
ざっくり言ってしまいますと投入したものに対してどのくらい利益が出たかみたいな話です。日本は先進国の中でもかなり労働生産性が低いです。
(※労働生産性が高いということは効率的で効果的な労働が出来ていることになる。)
労働から生み出される価値が低いから、長い時間の労働が必要になる というわけではありません。
逆に労働時間が長いので必然的に生産性が数値として下がるものなので(式の通り)、これが日本の労働者のせいかと言われればそうではないと筆者は考えています。
労働者が労働時間を決められないことの方が多いからです。
つまり大きくは、経営体質の問題かと思いますがそれが慢性化してもう日本は「残業があるのが当たり前」という状態に長く漬かっていると感じています。
新人が先に帰り難い雰囲気とかも、残業が日常化しているサインの一つですね。
労働時間を減らせば生み出す利益が減ると経営側が考える→労働時間が増えるもしくは長時間のままになる→労働生産性が下がる →労働時間は減らないし生産性もあがらない
という構図が長年に渡り出来上がっていることを労働生産性の推移を見て感じます。
(それでも数値的には少しずつ改善しています)
*参考資料労働生産性の国際比較 | 日本生産性本部
用語の説明が続いて失礼しました、このことで何をお伝えしたいかといえば
「既に残業ありきで出来上がっている社会の仕組みを急に大きく変えたら生活が成り立たない人がいないのかな?」
と思ってしまったということです。(繰り返しますが、それでも過労死するような状況を改善しなくてはいけないというご意見はもちろんもっともです)
昔、こんなことがありました。
でんきゅうが引越し代を貯める為に働いていた清掃会社で彼は8月の暑い中、一日しか休日をもらえませんでした。残業も毎日しっかりありました。朝5時に会社に集合して、21時か22時に業務が終わることも多かったです。
そんな彼が給料日に「いつもより多かった」と私に伝えた給与の額は「19万円」でした。(正社員でしたので保険などが引かれた上での手取りです)
彼が毎日くたくたになって労働以外何もできないで働いて、19万円でした。
東京都心の会社の話です。
私はあまりに驚きました、私が学生時代していたアルバイトの給料は週四日5~6時間くらい働いて12~14万円くらいだったからです。
彼の仕事がブラック企業だったから、と言えばそれまでかもしれません。
けれど彼と職場の話をする時、その会社には家族のある方もたくさんいたし、新婚さんもいました。たくさんの家族がいます。そして、残業代こみで19万円の手取りとなるその会社で残業代がなくなったら生活はどうなっていくのだろうということをその時も今も考えてしまいます。
それでも過労死するよりはずっと良いことはもちろん理解しています。
残業上限を決めることはもちろん、この労働環境を変える為に、保証されるべきものが他にあるような気がしてるのに思いつかないのです。
*なぜこんなにまとまらないのに書こうと思ったか
思いつかない、だったら書くなというご意見をもった方、本当にごもっともです。
今回今までで一番まとまりがない話になっている気がしていますが、とにかく知ったことをお伝えしたくて今書き続けています。
最初は違った角度の話を書いていました。
私の家族が残業100時間を越えていたので、彼の健康やメンタルをケアするために実践したことを記事にしようと思いました。
しかし、そのことを説明する為に日本の残業について調べている時に私はヒヤッとしてしまいました。
私は自分の家族が100時間を越える労働をするまで、日本の労働状況や生産性、企業の体質について考えたこともありませんでした。
いつ自分がどのような立場になるかを考えもせず、自分の周囲にないことは「無いもの」だと自然と感じてしまっていたのです。
これは恐ろしいことだと思いました。
当事者になるまで無関心だったのです。
これは明日から、社会問題に関して生活の一部を犠牲にして時間を割くべきだといっているのではありません。
自分の家族であったり、お子様がいらっしゃる方は未来のその子供達であったり、「身近な人が当事者となったとき、知っていることもできることもないもしくは少ない」ということの恐ろしさです。
私達は周囲で起こりうる問題に関して、できるだけ多くの公平な情報と知識をシェアすることがとても大事なのではないかな、と思い、こんなにまとまらないのに(すいません)今回記事を書き始めてしまいました。
だから明日から私がメガホンを持って労働運動をするかというとしません。
法案のこともそうですが、代表者に対して批判が起こるのは当然だと思います。
しかし批判を批判で終わらせないために、個人がどうできるのかということも大切なことだと感じています。
何かが始まるとき、賛成だと感じることもあれば不満だとか不十分であるというこはたくさんあります。
しかし私はそれに関して自分ができることをしているか、という自分を見つめる目をもって問題にのぞみたいと考えています。
末文になりましたが、全ての労働者が「働いたために死ぬ」ということがなくなる世の中にすることは可能だと考えています。その為に、私達が考えることや問題と向き合うことをやめなければ。
まだまだまとまらないので、今後もこのことを考えていきたいと思います。
この記事を書くために数日色々な資料を読んだり、話をおうかがいしたりしたのですが長くなりすぎてしまいたくさんのカットをしました。
今回一面でしか触れることができませんでしたが、「残業の上限法案」に関して何が正しいか考えるために何かを調べるとひとことで良し悪しについて語ることのできない問題がたくさんありました。
しかし優先されるべきは人命と思いますので、今後は本当にそれで人の命を守れるのかどうかにフォーカスをあてて考えていきたいです。
残業や働き方についてこれからも学んでいきたいと思いますので、おすすめの記事などありましたら是非教えてください。
ひー全然まとまっていませんね。拙い文章を失礼いたしました。
でも これが今の私の現状です。
自分と関連が生まれるまで知らないことを知らないままにして、調べてもこのくらいのことしか理解できなかったのです。この位の理解で法案の良し悪しについてとても判断できません、もっと勉強すべきだと自分に思いました。
今後リライトしてたくさん情報量を増やしていければと思います。(加筆の際は都度日時を挿入いたします。)
それではまたお便りいたします!
追伸
こういう何かを考えるときによりよい答えはひとつではないと思いますのでコメントに関しての反論などは控えさせていただければ幸いです。
様々な立場の方がいます。そして様々な判断があります。それを総合して考えることが重要と考えていますので今回も何かについての結論は個人として皆様にゆだねていければと思います。たとえば「どうでもいいなあ」と思う方がいらしたとして、その方を糾弾するような内容ではありません。
*余談・残業100時間を越えた男
「ほんと・・・どの猫も好きだけどロシアンブルーは特別だよ・・・。」
しゃんが何の脈絡もなく、そう言って笑った時、私は彼を支えねばと思ったのです・・・。ちなみに犬も猫もうさぎもたぬきもきつねも好きです・・・。
ちなみに彼の仕事は繁忙期のみ100時間を越えます。
公務員の知人の話ですが、一年を通してかなりの残業とサービス残業があります。
彼女は長時間労働も当たり前のことでそれに不満はありません。心配になるのですが「今は一人で昔の三人分の業務をすることが珍しくない。どこも大変。それでも公務員だから恵まれていると言われる。公務員になったら不満は許されないものだとなるときに覚悟した。」と言っていました。
これもまた、掘り下げたいことです。恐ろしいことだと思いました。
*余談・残業時間100時間になると産業医との面談に進む
残業100時間を越えてきますと基本は産業医との面談に進みます。(事業規模など諸条件あり)
この、「産業医」という言葉が聞きなれない方もいらっしゃると思うので簡単に説明いたしますと
産業医とは、事業場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師を云います。産業医学の実践者として産業保健の理念や労働衛生に関する専門的知識に精通し労働者の健康障害を予防するのみならず、心身の健康を保持増進することを目指した活動を遂行する任務があります。
この産業医というのは労働安全衛生法により定められた存在なのです。
この労働安全衛生法というのは読んで字の如く、職場における労働者の安全と健康を保持し、快適な職場環境の形成を促進するための法律です。
ちょっとカタイので簡単に言うと、労働安全衛生法も産業医も「労働者が職場にいることで危ない目にあっていないかチェックするよ!」ということです。
産業医と面談して何をどうするかというと、健康チェックやストレスチェックをします。しゃんも何度かうけたことがあり、関心があったので「どんなこと聞かれるの?」と質問したことがあります。
「うーん、残業のせいで健康面でおかしいことはないかとか例えばこういう部分に異常はないかとか、精神的にどうかとか聞かれる。でも大体面談にいけるのは忙しさが終わった時期だからすごく晴れ晴れした気持ちでいやもう大丈夫ッス!とか答えてる。」
な、なるほどー確かに・・・。
産業医の方を貶める意味はないのですが、それは一体どういう意味があって行うことなのだろうと思ってしまったので更に調べてみました。
昔は工場などに勤務する際、環境上劣悪なケースが多くその現場の衛生面などの改善をする監査の側面が強かったようなのですが近年では主にうつなどの「メンタル面での不調」がないか診断する比重が高まっているようです。
しゃんの場合は単に業務が忙しいだけだったので気づけませんでしたが、この面談は「誰にも言えずに抱え込んで過労死や、ストレスによる自殺を防ぐ為に誰かが気づく」という役割を担っている」ことが発見でした。
この問題はいじめに少し性質が似ているなと個人的に考えています。
その存在が大きい為に、視野が狭まることで1つの失敗や重圧に対して自己否定が大きくなることです。 もし何かのご縁でこのブログを読んでくださっている方で、仕事の負かが大きすぎる方がいましたらどうか自分や自分を大切に思う人の為に休んでください。生活の糧である仕事について軽々しく言えることはないことは承知しています、けれどあなたの代わりはどこにもいません。本当にいません。
働く中に、本人の努力ではどうにもならない問題がなくなるようにたくさん考えられたらと思います。
このブログは普段はとってもゆるいブログなんですよ・・・
忘れないでくださいね・・・
円野まど!