東日本大震災が起きて3月で6年。東京電力福島第一原発から23キロの近さにある福島県南相馬市立総合病院に、震災直後から医療支援に入った医師、坪倉正治さん(35)は、この6年間東京と福島を往復しながら診療や被曝(ひばく)検査を続けてきた。被曝検査体制を一から作り上げ、放射線についてわかりやすく伝える講演会を毎週のように開催、この地で若手医師が働きがいを見いだせるよう研究や発信のリーダーとして奔走する。「ここで何が起こったのかを記録し、その教訓を生かすことは、ここで苦しんだ人への報いでもあるし、医療者としての使命でもある」。震災で過疎化や医師不足が加速し、日本が抱える課題の先を行く福島から、震災6年後の現実と地域医療の未来を語ってもらった。
JR福島駅から車で約10分の三育保育園(福島市)。2月中旬の土曜日、診療が休みだった坪倉さんは、保育士や保護者ら20数人に向けて「放射線ってなに」というタイトルの講演会を行っていた。週の半分は福島で働き、金、土曜日は東京のクリニック。主に休日を使って行う講演は、2011年から約300回を数える。
自己紹介を終えると、最初に、「安全だ」という情報に不信感を持つ人に語りかけるのが癖になっている。「データを根拠に『正しさ』を押しつけるだけでは、人の心には届かない」と、この6年間で痛感してきたからだ。
「みなさん、放射線の話、いろいろなところで聞いたことありますでしょう? 『もう、いいかげんにしてくれ』と思う人、『放射線ってやっぱり危ないんだろうから、安全とか大丈夫という話をしないでくれ』という人もいると思います。6年経(た)っていろいろな考えの人がいて、それは尊重すべきです。ただ6年間、ずっと検査をやってきて、データではこんなことがわかっているということがありますから、それをみんなで復習しましょう。そのうえで、ペットボトルの水を使うか、福島県産の食べ物を使うか、甲状腺の超音波検査をやって大丈夫なのかは、最終的には個人がどう考えるかだと思います」
放射線は宇宙や土、食べ物など自然界に元々あり、西日本やヨーロッパなどの方が年間被曝量は高いこと。外から浴びる外部被曝と、食べたり吸ったりして体の中から浴びる内部被曝があること。健康への影響はトータルの被曝量の問題で、現在では、居住環境での外部被曝は十分下がり、内部被曝もほぼ100%の住民から検出されていないこと。スーパーに並ぶ福島県産の食べ物を食べても、福島県産を避ける人と被曝量に差がないこと。甲状腺検査や被曝のデータを見ると、放射線の影響は考えにくいこと――。
出身地の関西弁で笑いも交えながら一通り説明を終えた後で、坪倉さんは母親たちにこう強調した。
「正直、放射線の影響については、データ上これで健康に害が出るレベルとは思えません。何が正しいということはないし、無理に考えを押しつけようというつもりはないですが、お母さんたちが後ろめたさを感じる必要はまったくないということだけは伝えたいです。『自分たちが何かしなかったせいで子供を被曝させてしまったのではないか』と思う必要は一切ないので、自信を持って下さい」
質疑応答の時間に、一人の母親が手を上げた。
「1週間ほど前、自分と同じ年代のお母さんが、都心部の人に『いつまで福島にいるの? 被爆しちゃうし、危ないところになんで子供といるの?』と言われて、言い返せなかったそうです。彼女は『何年か後にうちの子に何かあったらどうしよう』と動揺して、話を聞いた私も『どうしよう』と不安に思ってしまって……。今回、先生のお話を聞いて、放射線の影響はない、水や食べ物も安全だと初めて知りました。なかなかこういうことを知る機会がないし、それがもっと発信されると安心する方も多くなるのかなと思います」
この日、参加者の中で保護者は4人だけ。園長によれば「本当に心配している保護者は不参加」だったが、事前の保護者アンケートでは、「放射能の影響で障害のある子供が生まれる確率は?」「水道水を乳児にあげるのは心配」など不安を表す質問が30個も並んだ。
「最近はどこでも一見、関心は薄れている感じです。頭ごなしに『大丈夫』と押しつけられるのではないかとこういう講演会を警戒するし、6年経ってこの話題に触れなくても日常生活を送れるようになったので、『臭い物に蓋』ではないですが、放射線の問題は見ないようにしている。地元でさえ風化が進み、わかったつもりでわかっていないので、何か言われると言い返せないし、不安にかられてしまう。避難者のいじめが続いていますが、子供たちを偏見や攻撃から守り、健やかに成長してもらうためにも、子供も大人も知識の底上げが必要です」