「スラヴ叙事詩」ミュシャ展あすから 東京

「スラヴ叙事詩」ミュシャ展あすから 東京
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アール・ヌーボーを代表する画家として知られるアルフォンス・ミュシャの大作、「スラヴ叙事詩」の20枚の巨大絵画、すべてをそろえた展覧会が、チェコ国外では初めて東京の美術館で8日から始まります。
アルフォンス・ミュシャは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパリを中心に活躍した画家で、花や植物に飾られた繊細な女性像を描いたポスターなどで知られています。

そのミュシャが生涯をかけて製作した大作、「スラヴ叙事詩」の20枚の巨大絵画、すべてをそろえた展覧会が、8日から始まるのを前に7日、内覧会が開かれました。

「スラヴ叙事詩」は、スラブ民族の独立への思いと郷土への愛を歴史的な出来事に託してつづった20の連作で、このうち「原故郷のスラヴ民族」は、ほかの民族の侵略におびえる人々の姿を幻想的な青い星空を背景に表現しています。

このほか、ミュシャのポスター作品のうち、「スラヴ叙事詩」と関連の深い作品も展示されています。

「スラヴ叙事詩」の20の巨大絵画すべてがチェコ国外でそろうのは初めてで、国立新美術館の本橋弥生主任研究員は、「ミュシャが『スラヴ叙事詩』を描くまでの道筋をたどれる作品がそろったとても貴重な機会だ」と話しています。

展覧会は8日から6月5日まで東京・港区の国立新美術館で開かれます。

故郷とスラブ民族への思いを込めた絵画

アルフォンス・ミュシャは、1860年にオーストリア・ハンガリー帝国のモラヴィア地方、今のチェコの東部に生まれ、ウィーンやパリで絵を学びました。

パリで描いた広告のポスターや本の挿絵などが評判を呼んで人気画家の仲間入りを果たし、特に星や宝石などのモチーフを女性の姿に投影して描かれた絵画は人気が高く、アール・ヌーボーを代表する画家の1人として位置づけられています。

今回、日本で展示される「スラヴ叙事詩」は、1910年、ミュシャが50歳のとき、故郷のチェコに帰ってから製作がはじまり、スラブ民族の独立への思いと郷土への愛を20の連作で描き出しています。

当時、ヨーロッパの中部から東部にかけての国や地域では、スラブ系の言葉を話す民族を大きな「スラブ民族」とみなし、連帯を呼びかける運動があり、ミュシャはこの考えに共鳴して、故郷と「スラブ民族」への思いをこの絵画に込めたと言われています。

大きいものは縦6メートル、横8メートル、小さいものでも縦4メートル、横4.8メートルと絵画としては破格の大きさで、ミュシャは16年かけてこれらの絵を描き上げました。

これまで、チェコ国外では20の作品のうち一部が展示されたことはありますが、すべての作品が一度に展示されるのは初めてです。

通常の絵画とは異なる方法で運搬・展示

「スラヴ叙事詩」は、その巨大さのため、通常の絵画とは異なる方法で運搬されました。まずは空輸方法です。20の巨大絵画すべてを、一度に運びきれないため、3回に分けて日本に空輸されました。

国内の輸送もおおごとでした。一つ一つの絵画は、こん包を含めると400キロ以上もあります。手で運ぶことができず、成田空港に到着したあとフォークリフトで慎重にトラックに積み込まれました。

展示会場で活躍したのは、スラヴ叙事詩がふだん展示されているプラハ市立美術館からやってきた専門チームのメンバーです。チェコで作ってきたという背中に日本語で「ミュシャ団」と書かれたそろいの作業着を来て展示作業に当たりました。

通常、絵画はカンバスに固定された状態で運ばれますが、今回、巨大なため、丸められた状態で運ばれてきました。専門のチームは、まず、箱に入っていた絵を床に広げ、骨組みにひもで結びつけて固定します。そして、およそ10人がかりで持ち上げて壁に立てかけてから、大きな足場に上って壁に取り付けていきました。一つの絵を組み立てるのにおよそ2時間、この作業をすべて終えるのに10日間かかりました。

専門チームのトマーシュ・ベルゲルさんは、「あまりにも巨大な絵画で、展示作業にはとても気を遣うが、チェコ人にとってさまざまな意味を持つ貴重な絵を、日本で見てもらえるのはとてもうれしい」と話していました。