「君の名は。」技術も取り込んだ…伊藤智彦監督が明かすヒット映画「SAO」の裏側

「映画とは何か」

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

映画「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」(2月18日公開)が公開2週目にして興行収入10億円を突破したことが3月1日に発表された。

2週目での10億円突破は、深夜アニメを題材とした作品の中で異例の早さで「ラブライブ!The School Idol Movie」「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ」などヒット作を超える。動員数も70万人を超えた。

映画を手がけるのは、今作が初映画監督作となる伊藤智彦氏。「ソードアート・オンライン」(SAO)とは、テレビシリーズから4年の付き合いだ。

メディアに「ポスト新海誠」とも呼ばれる伊藤監督に映画の感想から裏話、SAOとともに歩んだこれまでの旅を振り返ってもらった。

追求し続けた「映画らしさ」

今作を手がけた伊藤智彦監督 Tatsunori Tokushige / BuzzFeed

——映画の製作が終わりました。今の感想は。

とりあえずほっとしました。試写では、怖くてスタッフに映画の感想は聞けなかったですが、原作者の川原さんや原作編集者の三木一馬さんから褒めていただいたので、そこが心の支えです。

——製作期間中には「映画とはなんぞや」と常に自身に問いかけていました。

全国151スクリーンでの公開で、お金を払って見ていただく作品なので、アニメのテレビスペシャルではないもの、「おれたち映画を作ったぜ」という印を作りたいという思いはありました。

——その甲斐があり、映像は本当に美しいものとなりました。

俺がこのくらいで大丈夫じゃないと言うと「もっとやりましょう」と声が上がり、結果としてリッチな絵になった。スタッフが裏で努力してくれたおかげです。

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——これまで手がけたテレビアニメと違う、映画の難しさってどこですか。

テレビアニメは一話ごとに完成系をスタッフで共有できますが、映画の場合、頭の中の映画の完成系を知っているのは自分しかない。

プロデューサーも映画が完成に近づいて初めて「こうだったんですね」となる。それが日本アニメの良いところであり、悪いところかなと思っています。

ピクサーなど海外のアニメスタジオなら、途中経過で見せて「ここはもっとこうした方がいい」と議論をする。

新海誠さんの「君の名は。」でも、はじめに「Storyboard Pro」というソフトを使ってコンテ撮(絵コンテのみを編集した映像)を作り、夫妻で声を入れ、仮の劇伴(音楽)をいれ、スタッフと話をしたそうです。

その話を聞き、仮のアフレコをして全体の流れを確認する程度でしたが、まねしました(笑)。

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

このシーンがあれば映画的になるなと思っていたことで、できなかったこともあります。

細田守監督の「サマーウォーズ」のおばあちゃんが亡くなった後の1分間のPANカットや「時をかける少女」で真琴がずっと50秒間走っているカットとか。

あれこそが映画的瞬間と考えているけど、今回はできなかった。

——東京の風景を映した場面は映画的に感じました。

東京を俯瞰の絵で撮るのはキアヌ・リーブス主演の映画「ジョン・ウィック」のオマージュですね(笑)。劇中で飛ぶドローンからの目線と考えました。

ARを描く難しさ

テレビシリーズのVRから一転、劇場版ではARでの戦いが描かれる ©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——アニメ版ではVR(仮想現実)を描いてきましたが、映画ではAR(拡張現実)が描かれます。

川原さんの最初のプロットが、東京で≪アインクラッド≫を再現しようというものでした。

ARはVRより前の技術だと思っていたので、映画内で進んだ技術に見えるだろうかとは思いました。

ただ「ポケモンGO」のヒットでいけるんじゃないと思いました。

「東京の街でポケモンGOみたいにバトルするんです」と説明できるので、打ち合わせがすごく楽になりましたね(笑)。

——ARで見せる難しさは。

ARって、実際に戦うと「武器どうするの」とか物理的制限がすごくある。そんな集団で遊べる場所あるの?とか。

そのあたりは、実際にゲーム開発をしてる方達などに話を聞き、アイディアを洗練させていきました。

今作では東京を背景にモンスターと戦う ©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

戦いでもスーパージャンプができない分、遠距離の武器があるので、チームプレーだったりと工夫しています。

アクションパートを担当した鹿間貴裕さんは「最初は制限をつけて、最後のバトルでかせを外します」と言ってました。

俺は「実際の地形を反映して」と言ったくらいで、アクションはボス攻略方法なども含めて、鹿間さんにお任せました。

ラストバトルはマーベル・シネマティック・ユニバースのオマージュです(笑)。

幻となったベッドシーンとお色気カット

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——映画ではアクションだけでなく、主人公キリトとヒロインのアスナの恋愛も見所です。描く時に気をつけた点は。

アスナが、あまりおしつけがましい女の子に見えないようには気をつけました。

キリトに対し、過度にプレッシャーを与えると「重い女だな」となってしまうので。

キリトに対し「お母さんと会ってほしい」と話すシーンは、キリトが家族ぐるみの付き合いについてどう思うか知りたいというのもあると思うんです。

キリトの焦りは、(声を演じる)松岡禎丞くんがこの場にいたらどうかなと想像しました。あたふたするんじゃないかなと。

——2人はかなり深い仲ですけど、ベッドシーンはありませんでした。抱擁するシーンでは、傷ついているはずのアスナがキリトをむしろ包み込んでいました。

ベッドシーンは、始めは一部の人でやろうという声もあったんですけど、あえてやることもないのかなと最終的になくなりました。

抱きつくシーンについては、それだけキリトは情けない人間ということです。そういう男女間であってほしいなという思いもあります。

キリトはやるときはやるヤツだけど、やらないときはヘタレ。その方が応援しやすいと思うんです。

——アスナの入浴シーンもありました。昔インタビューした際、サービス精神で作品にお色気シーンは入れると言ってました。

そうですね(笑)。惜しむらくは、実はアスナの尻まで書いてあったんですよ。ただ諸事情あり、お風呂を出る瞬間でカットしている。

過去のアニメと差別化を図った新キャラ「ユナ」

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——キャラクターで気を使った点はどこですか。

ゲストキャラは今回の映画1回しか出てこないし、この映画で完結させなければならないので気を使いましたね。

ユナはAR歌姫という設定が川原さんの初期プロットにありました。

「マクロスプラス」にバーチャルアイドルのシャロン・アップルが出てくるので、極力似せないようにしました。

シャロンのように衣装が変幻自在に変えることは、やろうと思えばユナもできるとは思うんですけど。

ライブ感のある生身の動かし方をしたほうがいいなと、せいぜい空を飛ぶくらいに止めました。

物語のキーマン・重村教授を演じたのは鹿賀丈史 ©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——声優の神田沙也加さんはどうでしたか?

神田さんはすごくうまかったです。アフレコも楽でした。

ゲスト声優でいえば鹿賀丈史さんは専門用語が多いし、ミュージカルにはない専門用語の多いセリフばかりなので、アフレコブースに入らせてもらい、直接横から身振り手振りで説明しました。


結果、謎の大物感というか、不思議な空気をまとったキャラになったのでよかったと思います。

——おなじみのキャラでいうとキリトの妹の直葉は今回あまり登場しません。

彼女は剣道有段者なのでARで有利に戦えてしまう。なのでわざと途中退場させました。

おまけに「SAO」サバイバーではないので「私が戦う」となって最強の座を手に入れてしまう(笑)。VRだと遠隔地にいても合流できるので、終盤の合流となります。

映画ではテレビシリーズのキャラも総登場する ©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

——一番好きなシーンはどこになりますか?

難しいですね。エンディングの新規カットかな。

キリトとアスナの電車の中の絵で、歌のサビと重なって、この2人は今後どうなるのかなとエールを送りたくなる。

「ケンカをすることのない2人だけど、見えないところでやるのかな?」とか、見ていていろいろと思うシーン。ちょうど、曲がそれを想起させる。

——一番苦労したシーンは。

ラストのアクションパートですね。作画に入るのが一番遅いので、これを終わらせなければというプレッシャーは大きかったですね。

恵まれていたのはそのときに、スーパーアニメーターが結集できたことですね。

——頼りになったスタッフは誰でしょう。

あえて一人挙げるとすると、エフェクト作画監督などを担当した柳隆太さんでしょうか。

自分で原画も誰よりも多く描いて、作品内のエフェクトも全てチェックしている。

ドラゴンや爆発の3D、撮影が絡む工程にも意見してもらいました。毎日ちゃんと仕事場にいるし、終盤は人の原画も手伝って仕上げていました。

映画の底上げという部分でも、重要な戦力でした。

SAOとともに歩んだ4年の歳月

初日舞台挨拶の模様。左から松岡禎丞、戸松遥、神田沙也加、井上芳雄、鹿賀丈史、伊藤智彦監督 提供写真

——劇中では最初の≪アインクラッド≫から4年後が描かれますが、伊藤監督自身が「SAO」と関わって4年となります。4年というのは随分長い旅だと思うんですけど、どうですか、振り返ってみて。

爆発的になにかスキルアップしたものはないですが、円形のパラメーターでいうとちょっとずつ全体的に増えているんじゃないかな、と思います。

——キリトを演じる松岡さんにとっても「SAO」は大きな転機でした。4年間での成長はどうですか

あんまり収録で時間をかけられることが少なくなりましたね。

昔はしょっちゅう「がんばれ俺、がんばれ俺」と言っていたけど、その数は確実に減っている。自信がついているんじゃないですかね。

——ポスト新海誠と言われることもあります。周囲の期待は4年で変わったのではないですか。

「ポスト○○」はみんな言いたいだけですよね(苦笑)。アニメ映画のヒットでいえば劇場版「名探偵コナン」を手がけている静野孔文さんの名前がもっと挙がるべきなんですけど…。

水島努さんであったり、原恵一さんであったり、そういう方がいるのに、俺の名前を挙げなくてもいいよと思います。

単純に俺より演出がうまい人間はいくらでもいるのに。そういう演出能力に憧れることもあります。

Tatsunori Tokushige / BuzzFeed

——伊藤さんは作家性と商業性のバランスが取れている点が優れている印象です。そういう点はほかの監督から羨まれているのでは?

いや、そんなことないと思いますよ。お酒の場で「伊藤くんはうまく立ち回るよね」とか言われることもありますが(笑)。でも、人それぞれですよね。

——今後についてはどうですか。

現在、動いている企画もありますけど、近々に絵コンテ作業とかはないです。劇場作品だけをやり続けたいという思いはないです。

テレビアニメもどちらもやりたい。数をやりたいです。映画監督を名乗る方もいますが、俺は違います。

演出家というのもネーミングも偉そうに聞こえるので「演出する人」くらいでいきたい。基本的にずっと現場にいたいですね。

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