ここが1957年7月6日ジョン レノンとポール マッカートニーが運命的な出会いをします。場所は、セント・ピーターズ教会 その日協会の50周年のパーティがあって、当時ビートルズの全身のクオリーメンが演奏していて それをポールが目撃して それが世界を揺るがす出会いとなったのですね。
リバープール港 現在はサッカーで有名ですが 1960年代は 貧しい港町で
労働者階級の集まりでした、ここから下積み時代にドイツ ハンブルグなどにツアー
に出て行きました、リバプールサウンドと呼ばれる所以であり 近くにマージー河も流れ、マージービートとも呼ばれていました。いつもこんな感じでどんより曇ってる日が多いいですね。
ジョンがミミおばさんに引き取られた所 ここでジョンが多感な青春時代を過ごした
思い出の場所 母親を交通事故で亡くし不遇な生活だった。それが音楽へのエネルギーへと向かった。後に7700万で競り落とされた。
ファン必見 キャバーン クラブ (当時は別の場所であった)
ビートルズはキャヴァーン・クラブに292回出演したが、最後の出演は1963年8月3日であり、『 シー・ラヴズ・ユー 』のレコーディングから1ヶ月後、最初のアメリカ公演に出発する6か月前のことであった[要出典]。その頃にはすでに、「ビートルマニア」という彼らの熱狂的なファンを指す造語が生まれてイギリス中で使われ始めており、彼らを一目でも見たいと願う少女達が金切り声を上げて騒ぎになる状況であった。そのためジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人は、ファンに捕まえられないよう、出演時にはこっそりと隠れて出入りしなければならなくなり、キャヴァーン・クラブのような小さなクラブでは、聴衆の要求にも応えきれなくなっていた。
グレイプス ビートルズが下積みの時よく来ていたパブ
映画 A HARD DAY'S NIGHT のロケにも使われた ライム ストリート駅
けっこう明るい雰囲気な感じで 映画のモノクロの感じとは全然違う。
やはり時代の移り変わりは凄いと 実感しますね。
プリンス・オブ・ウェールズ・シアター
ここで女王陛下を迎えロイヤル・コマンド・パフォーマンスに出演している
そしてジョンが「ツイスト・アンド・シャウト」の直前に かの有名な
「安い席の人は拍手を、それ以外の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」
とユーモアを交えて発言 喝采を浴びている。
クラシカルな名曲エリナー・リグビーにあやかって後に作った
エリナー・リグビー像 ここも名所の一つである
ジョンとポールが出会ったセント・ピーターズ教会の近くに偶然にもエリナー・リグビーという名の墓があるそうである、これにも運命を感じてしまいす、ちなみに韓国の従軍慰安婦の像よりよっぽどいいと思うのは私だけだろうか?