実社会に影響を及ぼすフェイクニュース
去年12月、アメリカの首都ワシントンで、ピザレストランに男が押し入り自動小銃を発砲しました。男は「クリントン氏が児童売春組織に関与している」というフェイクニュースを信じ、何百キロも離れた南部ノースカロライナ州からやってきて、組織の拠点とされたレストランに押し入ったのでした。フェイクニュースがあわや、殺人事件になりかねない事態が起きたのです。
事実ではないことを発信するにせのニュース、「フェイクニュース」。注目が集まるきっかけは、去年のアメリカ大統領選挙でした。選挙の期間中、候補者にまつわるフェイクニュースが大量にインターネット上に出回りました。
「ローマ法王もトランプ氏を支持」
「クリントン氏がIS=イスラミック・ステートに武器を売却」
「クリントン氏のメール問題を捜査するFBI捜査官が無理心中」
いずれもフェイクニュースです。しかし、SNSを通じて、シェア、拡散されていきました。
フェイクニュース制作の舞台裏
フェイクニュースはどのようにして作られているのか。私たちは、フェイクニュースのサイトを運営しているという1人の男性に話を聞くことができました。
南部フロリダ州に向かい、指定されたバーにやってきたのは、マルコ・チャコンさん(48)。本業は、金融機関の重役だと言います。3年前にフェイクニュースサイトを開設したというチャコンさん。大統領選が激しさを増してきた去年の5月からは数日に1本のペースで偽の記事を書き、サイトに掲載。その数は数百本にのぼります。
「世論調査で実はトランプ氏が大差でリード」
世論調査機関の担当者から情報が漏れ出たという想定にして架空のインタビュー記事を載せました。
「ヒラリー氏が大手金融機関ゴールドマン・サックスの幹部との会合で、“若者たちは負け犬だ”と述べていた」
チャコンさんがみずから書いた架空の“秘密の議事録”を元に記事を創作しました。この記事は、フェイスブックやツイッターで拡散され、大手メディアのニュース番組で、「クリントン氏の発言」として引用され、後に誤りだったとして謝罪する事態にまでなりました。
なぜ、フェイクニュースを作るのか。私たちの質問に対してチャコンさんは、「これは、あくまでパロディだ。誰でもウソと分かると思って作り始めた」と述べ、友達にジョークを楽しんでもらうためにサイトを開設したと動機を語りました。
ところが、はじめてみると、予想外に、記事を信じる人が多かったといいます。現在も、フェイクニュースを発信し続けているチャコンさんはウソを真に受ける社会に問題があると話します。
「見出しだけで、中身を読みもせずに想像して拡散する人がたくさんいる。彼らにとって真実かどうかは、どうでもよく、自分が信じたいと思うことだけが目に入るんだ」
信じたいことを、信じる
なぜ、多くの人がフェイクニュースを信じて拡散させてしまうのか。背景には、SNSを通して、自分が興味のある情報だけを受け取る人たちが増えているためという指摘があります。
アメリカ東部ニュージャージー州に住むジンジャー・ベルさん(38)は、いまやテレビのニュースを見たり新聞を読んだりすることはほぼなくなり、ほぼすべてのニュースをフェイスブックから知るようになっています。
「SNSで情報を得るのが習慣になりすぎて、いつもチェックしてしまいます」。ふだんから時間があれば、フェイスブックをチェックし、気に入った記事には「いいね」を押して、友人たちにシェアしています。
私たちが取材した日も、スマートフォンの画面を見続けていたベルさん。スマートフォンに入ってくるのは関心があるリベラルな政治や環境問題のニュースがほとんどです。そして、ニュースの見出しだけを見て、シェアする様子もみられました。
ベルさんは、もともとは、フェイスブックを通じて、さまざまな立場の知り合いとやり取りをしていたといいます。しかし、自分の考えと異なる意見や、見たくないニュースに煩わしさを感じるようになり、SNSの設定を変えて、彼らからの情報は来ないようにしました。
「フェイスブックの情報しか見ないので、自分と違う意見を知る機会はあまりありません」
実は、フェイスブックでは「いいね」を押したり、シェアしたりすると、その後はよく似た傾向の記事ばかりが表示されるようになります。自分が聞きたい、自分の意見に合う傾向のニュースしか表示されず、多くの情報を得ているようで、多様なニュース、意見が得られていない状態になってしまうのです。
こうした状態は、中にいる人の声ばかりが反響する部屋、「エコー・チェンバー」とか、情報の殻の中にこもっている様子から「フィルター・バブル」などと呼ばれています。自分が聞きたい、意見に合う情報だけを求める結果、真実が軽んじられ、フェイクニュースが入り込む余地が生まれているのです。
真偽を見分ける力を磨く
こうした状況にどのように向き合っていけばよいのか。スタンフォード大学のサム・ワインバーグ教授は、SNSなどで出回る情報の信頼性を見極める教育をいますぐ始めるべきだと指摘しています。
ワインバーグ教授が切迫感を抱くきっかけになったのは、去年11月に発表した調査結果でした。ワインバーグ教授の研究グループは、中学生から大学生までの若者を対象に、インターネット上で見かける記事や広告、写真を見せ、その内容の信頼性の判断と、その根拠を尋ねました。
たとえば、ウェブサイトに掲載されている記事の見出しから、それが報道目的の記事か、企業の宣伝のための広告か、どちらだと思うか尋ねたところ、中学生203人のうち、きちんと根拠を説明したうえで見分けることができたのは、17人にとどまりました。
この傾向は、すべての年代に見られました。子どもの頃からパソコンやスマートフォンなどでデジタル機器には慣れているはずの若者の多くがインターネット上の情報の信頼性を見極められなかったのです。
ワインバーグ教授は、「情報の信頼性を見分けられず、事実かどうかも判断できないうえ、多くの人が”自分が好む情報”しか得ようとしなくなっている。事実に基づいて、自分と異なる意見も尊重し、多様性を理解する、そんな民主主義の基盤が揺らいでいる」と話します。そして、トランプ政権の幹部が誤りを指摘されて、「“オルタナティブ・ファクト=別の異なる事実”がある」と述べたことを念頭に、「このままでは権力を持った人が何が真実なのか決める社会になってしまう」という危機感を示していました。
ワインバーグ教授は、「時間がかかるかもしれないが、情報の信頼性をどう見分けるか幼い頃から学校で教えないといけない」と強調していました。SNSが広がり、誰もが簡単に情報の発信源となり得る時代になっています。一方で、フェイクニュースが氾濫し、たとえ、真実がゆがめられていたとしても自分が信じたい情報に耳を傾けやすくなっています。そんないまだからこそ、1つ1つのニュースの情報源はどこなのか、背景にはなにがあるのか、しっかりと考えることが求められるようになっているのではないか、取材を通じて、そう感じました。
- アメリカ総局
- 籔内潤也