仕事をしていると、お酒を飲む機会があると思います。
お酒が飲めない人でも、忘年会や新年会、歓送迎会に出席すれば、上司や同僚、取引先の人と一緒に過ごすことになりますよね。
私は昔、そんな席が大の苦手でした。
「お酒が飲みたければ、お酒が好きな人達だけで勝手に行けばいいのに」
なんて思ってました。
他にも、単身赴任の上司が、仕事が終わってから毎晩飲みに誘ってくるのを、断りづらくて程々にお付き合いしていた時期がありました。
おかげで家族とは、「程々の」関係でした。
でも、お酒が入る飲食の席って、相手との距離が縮められる最高のコミュニケーションの場ですよね。
今回は、そんな飲食の席で誰しも経験する「お酌」について書いてみたいと思います。
「お酌」は仲良くなりたいという意思表示
「女性にお酌を強要するのは、セクハラですよ」とか、
「お酌なんて面倒くさいし、自分のペースで飲みたいものを飲めばいいのに」なんて考える人も多いと思います。
昔は私もそうでした。
でも、誰かに飲み物をつごうとするのは、その人と仲良くなりたいという気持ちの表れなんですよね。
そして、ついでもらうためにグラスを持つのは、その気持ちを受け入れるという肯定的な態度なんだと思います。
自分のペースで飲みたいからという理由で、人についでもらうのを頑なに拒否する人もいると思います。
確かに、人につがれると自分のペースが乱れちゃいますよね。
無理矢理飲まされたような雰囲気になっちゃうかもしれません。
でも、人のせっかくの好意を無下に拒否してしまうのは、コミュニケーションの観点から見ると、とてももったいない気がします。
手酌の宴会で、盛り上がるとは考えにくいですよね。
お酌の起源
日本では昔から、お酌の文化がありました。
「盃を交わす」という言葉は、今でも耳にする言葉ですよね。
盃を使って酒を酌み交わすことは「杯事(さかずきごと)」と呼ばれています。
盃は、「絆を強める」ために使われることがありました。
血縁の無い人間関係を、強い絆で結ぶために、上位者が先に口にした盃を、下位者が頂いて口にする慣わしがあります。
神道の結婚式では、男女が神前で3種の盃を用いて酒を飲む「三々九度」という儀式がありますね。
また、参列した親族が共に盃で酒を飲む親族固めの杯の儀式というものもあります。
こうした儀式を行うことで、夫婦とその親戚関係の絆を深められると考えられています。
ほかにも、水を酌み交わす「水杯(みずさかずき)」なんてものもありますね。
今生の別れとなることが予想される際に、酒ではなく水を酌み交わして、別れを惜しみます。
太平洋戦争中の神風特攻隊出撃前に、隊員達は水杯を酌み交わしたと言われています。
こうした「盃を交わす」文化が、お酌の起源とも言われています。
これ以外にもお酌の文化については諸説あります。
江戸時代、お酒は男性が造っていたそうです。
近所への配達は、女性が持って行くことも多かったそうです。
女性がお酒を届けに行くと、待ち焦がれていた酒が来たのが嬉しくて、湯呑み茶碗を玄関先まで持ってくる人もいたそうです。
配達の女性は、「こんなに喜んでくれるんだから、一杯くらい注いであげよう」と、お酒を茶碗に注いであげたそうです。
こうして、女性がお酌をする機会が増えていったとか。
上手な「お酌」のやり方と受け方
ビールの注ぎ方
- 瓶のラベルが上になるように持つ。
- 両手で瓶を持つ。片手は瓶の下を軽く支えるように。
- 相手のグラスに触れないようにして注ぐ。これは、「相手に負担をかけない」という配慮。
- 少し高い位置から注ぎ、段々ゆっくり注ぐと良い泡が立つ。
ビールの受け方
- 飲み干してから注いでもらう方が、美味しくなる。
- グラスを傾け過ぎない。
- 両手でグラスを持つ。片手はグラスの底に添える。
日本酒の注ぎ方
- 両手で徳利を持つ。片手はお銚子の下を軽く支えるように。首の部分は持たないように気を付ける。
- お猪口に徳利が触れないようにして注ぐ。
- テーブルに置かれた盃には注がない。
日本酒の受け方
- 両手で盃を持つ。テーブルに置いたままだと「置き注ぎ」といってマナー違反。
- 注いでもらったてすぐにテーブルに置かない。必ず口をつけてから置く。
お酌は「注ぎ終わり」が大事
飲み物を注ぐ時は、先に挙げたような項目に注意する人は多くいますが、注ぎ終わりに注意する人は少ない気がします。
一番失敗しやすいのは、注ぎ過ぎてグラスから飲み物が溢れてしまうことだと思います。
会話に気を取られたり、他のことに注意が散漫になってしまうと、やりがちなミスですよね。
それ以外にも気をつけたいのは、しずくです。
先日、ある料亭で、中居さんからお酌してもらうことがあったんです。
注ぎ終わって、中居さんが徳利を手前に引くときに、相手の手の上に必ずしずくがたれていたんです。
中居さんは、そのことに全く気づいていない様子でした。
なぜ気づかないのか、気になってそれとなく観察してみると、1人の客に注ぎ終わった瞬間に、既に隣の客に注ごうとする準備態勢に入っていたんです。
注ぎ終わるのを確認していなかったから、毎回しずくがたれることになっていたんです。
「お酌」する際にも大切な「残心」
「残心」という言葉があります。
これは、日本の武道や芸道において用いられる言葉です。
残身や残芯と書くこともあります。
例えば剣道では、残心がなければ有効打突(1本)とならないとされています。
真剣で相手と斬り合った場合、仮に相手を斬りつけたとしても、その傷が致命傷でなれば、相手から反対に斬られてしまいますよね。
だから、斬った後も相手の反撃に備えておかなければいけません。
こうした、技を終えた後の心構えを「残心」と言います。
また、日本舞踊などの芸道では、踊りの区切りごとの終わりに「残心」が大切だと言われています。
指先や足先まで神経を尖らせ、途中で気を抜かず最後まで舞い切ることで、ようやく「お仕舞い」となるんです。
お酌をしてくれた中居さんは、この「残心」ができていない、言わば「仕舞い」ができていなかったんだと思います。
注ぎ終わったことを確認したら、次の客に意識を向けるのではなく、もう一度相手の目を見るのがいいかもしれませんね。
「どうぞ、お召し上がりください」という気持ちを込めて、相手の目を見ることは、「お酌における残心」になると思います。
アルコールに限らず、お茶や水を注ぐ際も同じだと思います。
自分の気持ちを相手に渡そうとする「残心の心構え」があれば、飲み物を相手に渡すのは単なる「作業」ではなく、最上級のおもてなしになるような気がします。