時代の正体〈438〉共謀罪考(中)法体系崩壊招く不条理
刑法学者 松宮孝明さん
- 神奈川新聞|
- 公開:2017/02/04 11:04 更新:2017/02/04 12:56
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日本の刑法は「有害な行為が現に行われた」ことが犯罪であるとしてきた。これは同時に「思想は処罰されない」という意味であり、思想を表現しただけでも処罰されない法原理を築いてきた。
この大原則は戦前に思想犯を数多く処罰してきたことに対する反省を踏まえて出来上がっている。
だが、共謀罪は合意の段階を犯罪化するものであって「有害な行為をしていないのに処罰する」ことになる。これは数多くの問題を生じさせる。そもそも有害な行為をどのように証明するのか。それ以前にそうした行為を犯罪としていいのか。
このような問題点が指摘され、当初(2003年)の政府原案にはなかった「準備行為」が05年段階で修正案として要件に組み入れられた。ところが、これにも問題があった。準備行為の概念が極めて緩かったのだ。極端な例では、犯罪合意後に「腹ごしらえをする」「弁当を買いに行く」という行為も準備行為に含まれるということだった。
だが「弁当購入」という社会にとってまったく有害ではない行為を犯罪と位置付けていいのか。そうした議論もあって、これまで3度も廃案となった。
過去の議論を踏まえれば「準備行為」はそれ自体が「社会にとって有害」である必要があるだろう。つまり「拳銃やナイフを購入する」「爆発物を用意する」といった行為だ。
ところが現行法上、こうした行為は既に「銃刀法」や「爆発物取締罰則(爆取罰則)」といった法律で処罰される。従って共謀罪の対象犯罪を今後、絞り込めば絞り込むほど、共謀罪は不要であることが明らかになっていくだろう。
新たな共犯
もう一つ刑法にとって重大な問題が生じる。共犯の概念を根底から覆すことになるからだ。
これまで共犯には「共同正犯」「教唆」「幇助(ほうじょ)」の三つの類型があり、判例上これに「共謀共同正犯」(複数人で犯罪を共謀し実行した場合、一部実行者だけでなく実行に参加しなかった共謀者も共犯と見なす)が加わっていた。
だが共謀罪は、まったく新しい共犯の一種を登場させることになる。これまでに書かれた刑法の教科書を全面的に書き改めなければならないほどの大変革をもたらす。
刑法体系全体について、法定刑のバランスを失するという問題も生じさせる。
例えば傷害罪。刑法上の法定刑は「15年以下の懲役または50万円以下の罰金」で「未遂」を処罰していない。だが共謀罪の対象となる。
傷害の未遂段階である「暴行」は「2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若(も)しくは科料」であるため、共謀罪の対象とはならない。
つまり現行法上、傷害罪の未遂は処罰されず、暴行罪は共謀罪の対象にならないにもかかわらず、未遂以前の段階である「共謀」は罰せられるという、アンバランスが生まれてしまう。
刑法体系の中には意図的に法定刑を軽く規定している犯罪がある。そうした意図が無視され、共謀罪との関係で不均衡が生まれる犯罪は、他にいくつもある。
例えば、「爆取罰則」に規定のある「共謀」(同罰則4条、3年以上10年以下の懲役又ハ禁錮)は、共謀罪の対象犯罪となっている。つまり共謀罪の共謀が処罰されることになってしまうという不条理も生じる。
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