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建設構想がある加西市鶉野ミュージアム(仮称)のイメージ図。下が戦闘機「紫電改」、上は制作を検討中の「九七式艦上攻撃機」のレプリカ(加西市提供)
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建設構想がある加西市鶉野ミュージアム(仮称)のイメージ図。下が戦闘機「紫電改」、上は制作を検討中の「九七式艦上攻撃機」のレプリカ(加西市提供)
国から加西市に払い下げられた鶉野飛行場の滑走路跡=同市鶉野町
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国から加西市に払い下げられた鶉野飛行場の滑走路跡=同市鶉野町
太平洋戦争末期に製造された「紫電改」の試作機
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太平洋戦争末期に製造された「紫電改」の試作機
神戸新聞NEXT
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 兵庫県加西市は市民団体の協力を得て、旧日本海軍の姫路海軍航空隊鶉野(うずらの)飛行場跡(同市鶉野町)に整備する戦争遺跡群のシンボルとして、太平洋戦争末期に市内の川西航空機(現・新明和工業)工場で組み立てられた戦闘機「紫電改」のレプリカを制作することを決めた。2017年度に着手し、平和学習などに生かす考えで、19年春にも完成する見込みだ。(河尻 悟)

 紫電改(全長約9メートル、全幅約12メートル)は、スピードと上昇機能に優れ、主力戦闘機だったゼロ戦の後継機として期待された。1945(昭和20)年1月から約400機が製造され、鶉野の工場では44機を造った。国内で現存するのは、79(同54)年に愛媛県愛南町沖で引き揚げられ、町内で展示される1機のみ。

 レプリカ制作で協力するのは、鶉野平和祈念の碑苑(えん)保存会メンバーで戦史研究家の上谷昭夫さん(78)=高砂市曽根町=らがつくるプロジェクトチーム。上谷さんらが収集した防衛省防衛研究所戦史室にある詳細な図面などを参考に再現する。

 終戦直後、周辺住民らが工場から持ち出した主輪や羅針儀など現存する部品も組み込む予定だ。加西市は国の地方創生推進交付金を活用し、事業費を約1500万円と見込む。

 市は飛行場跡の一帯を戦争遺産群として整備する計画で、レプリカは新設する防災倉庫に一時展示した後、構想中の市鶉野ミュージアム(仮称)に移す。

 加西市の西村和平市長は「平和学習の拠点や観光スポットとして注目される場所にしたい」と話している。

 旧日本軍が太平洋戦争中に使った軍用機では、川崎重工業(神戸市)が昨年、前身の川崎航空機工業が製造した旧陸軍の戦闘機「飛燕(ひえん)」を復元し、神戸市内で公開した。

【鶉野飛行場】1943(昭和18)年、旧日本海軍が飛行士養成のため建設。45(同20)年には神風特攻隊「白鷺(はくろ)隊」が編成され、訓練基地として使われた。同年、試験飛行中の紫電改に起因し、乗客ら12人が死亡した旧国鉄北条線(現北条鉄道)列車脱線事故も起きた。現存する滑走路は延長約1200メートル、幅約45メートル。

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