生命を救いQOL向上に貢献する人工臓器は、医療に不可欠
生体のあらゆる器官や組織の機能代行を可能にする人工臓器。医学と工学の叡智を結集し、研究開発が進む
人工臓器の研究開発において、世界に誇る日本の医工学技術
医学と工学の共同研究分野を「医工学」または「医療工学」といいます。医工学では、人工臓器の研究開発が活発に進められています。もの造りが得意な日本では、古くから全身のありとあらゆる人工臓器が研究開発されてきました。その中心となる日本人工臓器学会は、人工臓器に関する世界最大の学術団体となっており、日本の医工学は世界に誇れる技術があります。
人工臓器とは、心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓などといった内臓に限らず、脳や骨、皮膚、血管、眼、鼻、口など生体のあらゆる器官や組織の機能の全部あるいは一部を、人工物を用いて代行する装置や組織などをいいます。体内に埋め込まれて半永久的に使用されるもの(埋め込み型)や、体外に装置を備えて臓器機能を一時的に代行するもの(外付け型)があります。
埋め込み型の例では、心臓の拍動をコントロールするペースメーカーや、眼球内の水晶体に代わって用いられる人工水晶体、膝や股関節などに挿入する人工関節などは実用化され、よく知られています。外付け型の例では、心臓手術の際に血液を体外で循環させる装置は人工心臓や人工心肺にあたり、腎不全の治療で行われる血液透析の装置は人工腎臓にあたります。
臓器機能の低下や損失は、ときに生命を脅かすこともあります。しかし、「一つの部品が壊れたくらいで、死ぬ必要はない。医工学でさまざまな人工臓器が創れたら、命も助かりQOLも向上する。脳神経も含め、人体は機械化して治療できない分野は、存在しないのかもしれない」という「困っている人を助けるための人間機械論」を提唱するのは、東北大学加齢医学研究所 心臓病電子医学分野の山家(やんべ)智之教授です。
東北大学では現在、さまざまな人工臓器の研究開発が進められています。たとえば、人工食道や人工括約筋の研究開発があります。食道がんの治療では、がんの部分を含めた食道を切除し、切除した部分は胃を吊り上げたり小腸の一部を移植して、食道再建を行います。ただし、この手術にはとても難しい技術が必要です。
人工食道を用いれば手術はもっと簡単にでき、高齢者でも、心臓や肺の機能が低下している人でも手術が可能になります。この人工食道に人工括約筋を付加することで、噛んだ食物を胃に送り込む動き(飲み込む機能)を代行することができます。
また、食道がんと診断された時点で、すでに食道切除が手遅れのケースが多いのも食道がんの特徴です。その場合は、内視鏡だけで挿入可能な「超食道ステント」(筒状の器具)を食道に留置し、体外からエネルギーを送るシステムを使って、飲み込む機能を創り出すことも可能です。
人工脳も夢ではない。医工学の進むべき方向を社会全体で考えたい
循環器系、代謝系、消化器系の人工臓器に比べ、研究開発が遅れぎみであった脳神経系においても、最近ではさまざまなアプローチが始まっています。外界と脳神経をつなぎ、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚といった五感機能をもつ人工感覚器の研究開発が進められています。
「整形外科領域では、例えば車いすの方向を頭で考えただけで指示することも可能になっている時代です。人工脳や人工神経の研究開発が進んでいるので、脳神経をインターネットにつなぐことも、脳神経系の情報処理を代行してもらって記憶力をフォローしてもらうことも不可能ではありません」と山家教授。すでに脳神経系へ電極をつけて失明した目を見えるようにしたり、てんかんを制御する人工臓器も研究開発されています。
人工臓器は、病気やけが、加齢に伴う臓器機能の低下や不全を補填または代行することで、人々の生命を救うことも、QOLを大幅に向上することもできるとして期待されています。その一方で、未知の世界への挑戦でもあるため、倫理的な課題も伴います。
山家教授は、「日本には世界に誇れる最先端の人工臓器医工学技術があります。これをどのような方向性で生かしていくか、医工学分野の関係者だけではなく、社会全体としての合意形成を行いながら進めていく必要があります」とした上で、身体とは何か、人間とは何か、人類とは何か、そしてどのような健康が望ましいのか、どのような未来社会が望ましいのか、人々はどのような幸せを求めているのかなど、生きるということの根源的なテーマを皆で一緒に考えたいと述べました。
実用化済み、研究開発中。さまざまな人工臓器
たくさんある人工臓器のうち、代表的な例を挙げ、具体的に紹介しましょう。
●人工肺
人工肺は、心臓手術の際にガス交換を行うために用いられる装置です。心臓の左心室で拍出された血液は動脈から全身に巡り、臓器や組織に酸素を供給した後、二酸化炭素を取り込み静脈に集められて心臓の右心房に戻ります。そして右心室から肺へ拍出され、呼気から二酸化炭素を体外に排出するのです。また、心臓の手術中は心臓の動きを止めるために、心臓につながる動脈や静脈にチューブを入れて、心臓内の血液を体外に抜きます。この血液は人工肺の装置でガス交換され、ポンプを使って体内に送り出されます。手術の実際ではこういった心臓と肺の機能を同時に代行する「人工心肺装置」を用い、血液の「体外循環」が行われています。
●人工皮膚
人工の材料上に生体細胞を培養し、バイオハイブリッド型人工臓器として生体に生着させることで、生理機能を回復するものです。ティッシュエンジニアリング(組織工学)と呼ばれる分野で、細胞シートはすでに実用化されています。
例えば、本人から小片の皮膚を採取し、コラーゲンからなる人工基材の上で培養した細胞シートは人工皮膚として、熱傷を負った部分に移植することができます。生体細胞を用いた方法は、人工血管や人工気管への応用も研究中です。
●人工血管
布製、化学物質製、生体由来素材(細胞)、人工素材と生体由来素材の組み合わせなど、さまざまな人工血管の研究開発が進められています。腹部大動脈瘤の治療として、カテーテルという細い管を介して、ステントグラフトという小さな金属の筒を動脈瘤の部分に挿入する方法は、医療現場ですでに行われています。このステントグラフトも人工血管です。ステントグラフトは、動脈硬化で閉塞を起こした冠動脈(心臓の主要な血管)の治療にも用いられています。
●人工心臓
心臓は収縮して、血液を全身に送り出しています。このポンプ機能を代行するのが人工心臓です。半永久的に人工心臓を使用できることが最終目的ですが、現在のところ課題が多く、ドナー提供者が見つかり、移植手術ができるまでのつなぎの期間に用いる「ブリッジ使用」としての補助心臓(心臓は残して、左心室の機能を補う人工心臓を用いる)が主流となっています。人工心臓の本体は、かつては拍動型血液ポンプで大きな装置が必要であったため体外に設置しましたが、羽を回転させるロータリー式(遠心式)が考案され、ロータリーポンプと呼ばれる小型装置を体内に埋め込む方法が研究開発され、実用化されています。
●人工腎臓
腎臓は血液に乗って体内から集められた老廃物や過剰な水分を排出したり、血液が酸性に傾かないようにコントロールしている臓器です。腎不全になると生命の危険があるため、腎臓の代行をする装置で血液を浄化する必要があります。血液の浄化法には、大別すると「血液透析」や「腹膜透析」のほかに、「血液濾過」、血液透析と血液濾過を同時に行う「血液透析濾過」があります。最も広く使用されているのは「血液透析」で、多くの患者さんがこの治療を受けています。
●人工肝臓
「生体の化学工場」といわれる肝臓は、わかっているだけでも500種類以上の代謝を行っており、複雑な肝臓の機能を人工的な装置で代行することは困難です。そこで肝細胞と人工装置を組み合わせた「バイオハイブリッド型」の人工肝臓の研究開発が、現在の主流になっています。ただし、正常のヒト肝細胞を多量に得ることは困難なため、ブタ肝細胞を利用した研究開発が進められています。
●人工膵臓
膵臓から分泌されるインスリンというホルモンは、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)を下げる働きをします。インスリンの分泌量が不足すると、血糖値が上昇し、その状態が続くと糖尿病へと進んでしまいます。糖尿病はさまざまな慢性合併症を起こす全身病で、患者数も多いことから、いまや国民病として大きな課題となっています。現在、糖尿病治療としてインスリンの自己注射が行われていますが、人工膵臓を用いることで長期的に厳格な血糖コントロールが可能になります。携帯型人工膵臓の開発に続き、体内にシステムを埋め込む「埋め込み型人工膵臓」の研究開発が進められています。