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宋美玄のママライフ実況中継

コラム

「誕生学」に疑問 生きづらさを抱える子を追い詰めるのはやめて!

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「誕生学」に疑問 生きづらさを抱える子を追い詰めるのはやめて!

41歳になりました

 寒い日が続きますね。5歳の娘が公園に行きたいというので息子も一緒に連れて行くしかないのですが、じっと待っていると寒いのでなるべく室内で遊んでほしいです。まだ当分寒い季節なので、子供のパワーを持て余していると大変です。

松本俊彦先生の記事に賛同する専門家続々

 以前、こちらで『 子どもを守るために知っておきたいこと 』(メタモル出版)という本をご紹介しました。

 そのうちの1章がインターネット(ニュースサイトBLOGOS)で公開されて話題になっています。精神科医の松本俊彦先生の「 『誕生学』でいのちの大切さがわかる? 」という章です。大切なことが書かれているため、ぜひ読んでみてください。

 3年前に松本先生の講演を聞いた時に、こちらでも「 命の大切さ、若者に教えることができるか 」という記事を書きましたが、その時もすごく反響が大きかったのを覚えています。今回の松本先生の書籍の内容は非常に反響が大きく、いろんな方が賛同される記事を書かれています(児童精神科医の姜昌勲先生の「 命の大切さを知ることで傷ついた子どもは救われるのか考えてみた。 」という記事や小児科医の森戸やすみ先生の「 子どもの心に配慮した根拠ある教育を 」という記事もとても大切なことが書かれていますのでぜひお読みください)。

「誕生学」ってどんなもの?

 「誕生学」とは聞き慣れない方もいらっしゃると思いますが、公益社団法人誕生学協会による「子どもから大人まで全世代に、妊娠、出産の仕組みを通していのちの誕生と生まれる力の素晴らしさを伝える生涯学習プログラム」というものです。

 誕生学協会が作成した「 誕生学ブック」によれば、誕生学のプログラムは「いのちのストーリーをロマンチックに伝えるメソッド」だそうで、赤ちゃんの「胎内での成長力」や「誕生時の胎児の工夫」、「誕生にともなう家族の喜び」などを教え、「いのちの大切さの確認」「自分で生まれて来たことの確認」「いのちをつなぐために必要なセルフケア意識を育む」のだそうです。

 「生まれてきたことが うれ しくなると、未来がたのしくなる」がスローガンなのだそうですが、私はこのプログラムによる教育で命の大切さを学んだり、自己肯定感、自尊感情が育まれたりするという うた い文句には疑問を感じます。なぜなら、地球上のどんな人間も、誰かの子宮の中で育ち、何らかの方法で出生したから命があるわけで、この教育はその大前提の再確認ということになります。

 すでにハッピーに育ってきた子どもの中には、そういった仕組みをロマンチックに語られる授業を受けて命は大切だと思ったり、自尊感情を高めたりする子もいるのかもしれません(ただし、誕生学の授業で自己肯定感が上がると言うには根拠が不十分です)。

 しかし、すでに多くの方が指摘されているように学校教育でこの誕生学に触れる子どもの中には、生まれ育つ中で命を大切だとも自分が大事だとも思えない子どもがいて、その子たちにとっては、生まれてきたことが嬉しいということをロマンチックに伝えても、未来が楽しみになったり自分が大切になったりするのは難しいと思います。

当事者や支援者からも批判の声が

 実際に、松本先生の記事を読んだ人たちの中には、自分の経験から命の授業や誕生学に疑問や嫌悪感を呈する声も多く聞かれました。学校の先生、子どものいる方、過去につらい子ども時代を過ごされた方などたくさんの方々が、個人ブログやSNSなどで賛同されていました。

 困難な状況にいる少女たちを支援する活動をしている仁藤夢乃さんは、 「誕生学」でいのちの大切さがわかる? – 綺麗事で子どもを追い詰めないために 」というブログの中で「その言葉に追い詰められる人がいることを知ってほしい」、「『誰もが生まれてきたことを喜びと感じられたら生きることが楽しくなる』とか『あなたは愛されて生まれてきた』とか、『自分を大切に』『命は大切なものだから死なないで』『自分を傷つけたり、死にたいなんて言わないで』というようなメッセージを(しかも関係性のない中で)伝えることは、今苦しんでいる子どもや、これから苦しいことに直面する可能性のある子どもの、助けを求める力を奪います」と書かれています。医療の専門家だけでなく、当事者や支援者からも「ロマンチックないのちの教育」に対して異議が出たことは、非常に大きなことだと思います。

大人の自己満足になっていないか?

 「誕生学」の授業を学校という集団教育に届けに行くのは、「誕生学アドバイザー」という協会が認定したセミナーを受けた民間資格保有者たちです。誕生学アドバイザー育成研修の募集広告には「あなたも、子どもたちに感動の授業を届けませんか」と書かれています。実際、誕生学アドバイザーを名乗る人たちがインターネット上に、「誕生学の授業を子どもたちに届けたら感動したという感想をたくさんもらって自分も感動した」という内容を書かれているのを時々見かけます。

 誕生学は、感動させたい大人自身が満足するためのものになってはないでしょうか? 教育は子どものためであってほしいですし、それも本来、最も助けが必要な子どものためであってほしい。その子たちを追い詰めるような教育をして、大人が満足するなど、あってはいけないことだと思います。

 誕生学が広まっている理由の一つは、代表理事である大葉ナナコ氏のカリスマ性に憧れる女性たちが多いことと、人脈の広さだと思います。私自身、誕生学関係者にはよく知っている方々もいますし、共通の人間関係も非常に多いです。そのため、今までは批判をすることが はばか られていましたが、よく聞いてみると、その中でも実は疑問に思っているという人たちに会い、勇気を持っておかしいと言うことにしました。本当に善意で教育を行っているならば、これだけ多くの方々の意見には 真摯しんし に耳を傾けてほしいと思います。

 これに限らず、読者の皆さんでお子さんの学校で行われている教育に対して、「害がないか」「根拠が本当にあるのか」と疑問や不安がある方は、ぜひ学校の先生方に直接おっしゃってください。それが子どもたちを守ることにつながるかもしれません。

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宋 美玄(そん・みひょん)

産婦人科医、性科学者。

1976年、神戸市生まれ。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。詳しくはこちら

このブログが本になりました。「内診台から覗いた高齢出産の真実」(中央公論新社、税別740円)について、詳しくはこちら

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