広告最大手・電通の新入社員過労自殺を契機に、広告業界が「働き方改革」に取り組み始めている。業界2位の大手・博報堂は今月、残業を原則午後10時までとする社内ルールを定めた。やむを得ず10時以降も残業する場合は上司への事前申請を義務付けている。
同社広報室によると、試行段階で期限は設けていないが「実質的にはルール化。健康的な働き方は社会的な要請でもあり、自主的にやってみようということになった」と説明する。今後、午後10時以降の残業申請件数など実態を検証し、改善につなげていく方針だ。
業界3位のアサツーディ・ケイは2014年に週1回の「ノー残業デー」を設けた。人事部員が手作りの看板を持って各職場を回り、午後7時以前の退社を促している。
電通は自殺した高橋まつりさん(当時24歳)の労災が認定された翌月の昨年10月24日に本支社で「全館午後10時~午前5時消灯」をスタート。物理的に職場に残れない仕組みにしたほか、労使が話し合って残業の上限を月70時間から65時間に短縮した。
引責辞任した電通の石井直前社長は昨年末の記者会見で「(顧客の要望に応じて)際限なく働く働き方を是とする風土があった。深い反省とともに働き方全てを見直したい」と述べ、23日付で就任した山本敏博新社長も「最優先の経営課題は労働環境の改善」とコメントした。
だが、ある電通社員は「午後10時以降は仕事のメールも届かなくなり、顧客も無理を言わなくなったが、仕事量は減らない。代わりに、早朝に出勤する日が増えた」と明かす。長時間労働抑制の道のりは長そうだ。【早川健人】
◇減らぬ仕事 顧客第一限界
電通の新入社員、高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺した問題を追うジャーナリストの北健一さん(51)は、広告業界にはびこる「クライアント・ファースト」(顧客第一主義)の文化が根底にあると分析する。
国内の広告業界について「顧客のあらゆる要望に応える」という姿勢が美徳のように考えられ、中でも電通が突出していると指摘する。「雨を降らせる以外なら何でもやる」と自負する電通マンも多く、「ちょっと古い日本的な営業」(北さん)を誇る同社が業界をけん引してきた。
同社には、人を楽しませることにたけた優秀な社員が多い。その半面、部下は上司の奴隷で、会社自体がクライアントに奴隷のごとく尽くす思想が徹底されているという。
クライアントは過大な、時にわがままで不可能にも思える注文を出す。それに応えようとする行き過ぎた顧客サービスが長時間労働を当然のごとく強いる企業風土を生んでいる。北さんは「最終的に若手社員や下請け会社など誰かの犠牲の上に成り立っている」と指摘。「会社が限度を設け、クライアントから社員を守らなければならない。過剰なサービスにではなく、クリエーティブな発想や業務に対価が支払われるべきだ」と話す。
北さんは25日に「電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか」(旬報社)を出版する。電通問題に加え、同書は政府の「働き方改革」の問題点などを指摘し、長時間労働を改める対策も提案する。旬報社(03・3943・9911)。【山崎征克】
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