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2016年を象徴する言葉「ポスト・トゥルース」とは?

プレジデント 1/22(日) 11:15配信

 イギリスが住民投票でEU離脱を決定し、アメリカ大統領選挙でトランプさんが当選するなど、さまざまな動きがあった2016年。

 オックスフォード英語辞典は、1年を象徴する言葉として「ポスト・トゥルース」を選んだ。「真実の後」という意味のこの言葉は、世の中が、何が真実なのかではなく、感情や個人的な信念により動いていくことを指すのだという。

 イギリスのEU離脱の国民投票についても、あるいは米大統領選についても、「良識派」の主張とは違った結果になった。伝統的なメディアが、「これが真実だ」と認定したことも、通用しなかった。

 ツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・メディアの発達が影響を与えたとも言われている。新聞やテレビが何を報じても、世論形成にはネットのほうが力を持つ時代になった。

 明らかに事実ではない、虚偽のニュースがアクセス数を稼ぐために流され、それが拡散されて信じられてしまうという事象も見られるようになった。ポスト・トゥルースの時代には、人々は、情報の真偽を見極める能力を問われる。

 ポスト・トゥルースに対する伝統的なメディアを中心とする反応は「世界の底が抜けた」というような否定的なものが多いが、一方で、今後しばらくの間、そのような世界で私たちが生きていかなければならないのも事実である。

 そこで、ポスト・トゥルースの時代を積極的に生きていくために、次のように整理してみるのはどうだろうか。すなわち、ポスト・トゥルースは、「下克上」の起こる「戦国時代」だということである。

 日本の歴史を振り返ると、1467年に始まる応仁の乱をきっかけにした「戦国時代」は、まさにポスト・トゥルースだった。誰が正しいのか、権威を持っているのか、はっきりしない。そんな中で人々は、それぞれの直観と才覚を最大限に発揮して、生き抜いていった。

 戦国時代には、リーダー選びも必死だった。織田信長につくのか、豊臣秀吉か、それとも徳川家康か。どの「親分」についていくかで、成功や失敗どころか、自身や一族郎党の生死さえ、決まってしまったのである。そのような時代には、人々は必死になって、ある人物の資質や能力を見極めようとしたことだろう。

 何が真実で誰が権威を持っているのかが「上」から決まっていくのではなく、まさに下克上で、競争の中で合意形成されていく。そんな時代は大変だが、人間の潜在能力が一番発揮されるのも確かである。

 日本の歴史を見ても、戦国時代に生まれた茶の湯などの文化は、今でもすぐれたものとして認められている。予定調和ではない、個性の輝く時代だったのだ。

 ポスト・トゥルースの16年に起こったさまざまな出来事は、一見、グローバル化に対する反動のように見える。しかし、世界のさまざまな国、地域が相互依存を深めるという流れ自体は、変わるとは思えない。

 むしろ、グローバル化の中での今後の新しい秩序への模索が、世界規模で始まったということだろう。そんな中で、既存の価値や権威が問い直されていくのがポスト・トゥルースなのかもしれない。

 潜在能力を発揮するチャンスだと思えば、そんなに悪くもない。ポスト・トゥルースの時代を、前向きに生きていきたいものである。

茂木 健一郎 写真=AFLO

最終更新:1/22(日) 11:15

プレジデント

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