明治期に興った「少女小説」というジャンル。時代や読者により様々な変遷をもたらされてきた「少女小説」を、集英社が発行しているレーベル「コバルト文庫」を軸に語ってゆく評論本。
元々は少女に対する教育のためという色合いが強かった「少女小説」。やがて教育面にとどまらない多様さを見せ始めるも、戦争によりその流れは一度断絶。やがて再開されるもやはり最初は教育的な色が強かったが、やがて読者のニーズに合わせて変化してゆくという流れがなんとも興味深い。コバルト文庫が登場して黄金時代を築いていく一方で、講談社のティーンズハートの隆盛、ファンタジーものの流行、気付けばBLが増え、それもいつしか(少女小説レーベルの中では)廃れてゆき、やがて学園ものが減り、多種多様なレーベルが現れては消えてゆく中、現在は「姫嫁」ブームとウェブ小説、ボカロ小説がメインになりつつある……という、そこそこ少女小説読みである私にとっても、いろいろと身に覚えがある出来事がわかりやすくまとめられている。
ここで自分語りをしてしまうと、私が少女小説――というかライトノベル的な小説を読み始めたのは小学生の頃で、その頃はちょうどティーンズハートで折原みとと小林深雪が看板作家として活躍されていた時期。友人にもらった漫画がきっかけで、初めて買った小説は折原みとの「アナトゥール星伝」だった(しかしなぜか当時の最新刊である4巻だった。1〜3巻を読んでないのに・笑)。
しかし小遣いの少ない小学生にとって小説を買うというのはハードルが高く、よってそこからしばらくは図書館に頼るしかなかった。入口がティーンズハートだったせいか、以後しばらくは折原みと、小林深雪、花井愛子など、読んでいたのはティーンズハートばかり。市の図書館にコバルトがあまり置かれていなかったせいもあったし、ティーンズハートとは文字の詰まり具合が違うので(とにかくTHは本書の指摘通り余白が多かった)、当時は「コバルトはもう少し年上向きのもの」と思ってあまり手を出していなかったのだ。しかし藤本ひとみの「まんが家マリナ」シリーズは読んでいた覚えがある。当時からイケメンに弱かったのだろう(笑)。あとはティーンズハートの作家が書いている、学研レモン文庫やパレット文庫にも手を伸ばしていた。
ちなみに本書では花井愛子について、当時の少女文化をマーケティングしつくした作風と評されており、そういう面が多分にあるというのはわかるが、個人的に彼女の作品の中で今でも印象に残っているのが、パレット文庫で刊行されていた「ハートのジャック」という小説(実際のタイトルは「ハート」も「ジャック」も記号)。女装趣味のある青年がひょんなことから年下の少女と出会うのだが、少女は青年のことを「頼りがいのある年上のお姉さん」だと思い込み、以後ふたりは女性同士としての関係を育んでいく。しかし青年の方は次第に少女に惹かれてゆき……という内容。文体を変えれば、現在でも通用する設定なのではないかと思う(と書いてしまうくらい思い入れがある。今読んだらまた違う感想になるかもしれないが)ので、もしかしたらパレット文庫では意図的に書き方を変えていたのかも、とか思ったりして。
さておき、高校に入ると図書室に少年向けラノベが多く置かれていたので、「スレイヤーズ」や「魔術士オーフェン」を読み始めた。さらにそのころから電撃文庫が爆発的に売れ始め――「ブギーポップ」や「キノの旅」が流行り始めた頃だったので、私もそちらに流れていった。吉田直「トリニティ・ブラッド」にハマったこともあり、スニーカー文庫と電撃文庫、富士見ファンタジア文庫を3本柱として読んでいたし、新人の作品にも積極的に手を出していた。一方で、司書さんに勧められて「十二国記」を読んだのも高校生の時だった。
大学生以後は、前述のように少年向けラノベを中心に読みつつ、コバルト文庫に本格的に手を出し始めた。マリみてのブームが始まったこともあるし、この頃は長く続く人気シリーズもたくさんあった。しかしいつの間にかBL作品が多く含まれるようになり、本書でも取り上げられているように、私も複雑な気持ちでこれを眺めていた。一方でティーンズルビー文庫ができ、あっという間にビーンズ文庫になった。初期の人気シリーズ3作のうち、読んでいたのは「彩雲国物語」のみだったが(それも途中で断念したが)、次第に面白い作品が増えてゆき、比重はビーンズ文庫に移っていった。その後、ビーズログ文庫もオリジナルの面白い作品が増えたのでそっちに流れ、気付けば始まっていた「姫嫁」ブームにもおおいに乗り、しかし現在のボカロ小説やなろう小説にはなじめず、今は集英社オレンジ文庫などのライト文芸に流れ着いている次第。つまるところ、本書で論じられているメインストリームをほぼ忠実になぞっているのではないかと思う。
それにしてもここのところ「姫嫁」系やボカロ小説が流行っている背景に、読者の高齢化があるという指摘には、考えればわかりそうなことではあるが膝を打つ思いだった。かつてコバルトやティーンズハートを読んでいた、あるいは初期のビーンズを読んでいた面々はもう大人になっている(もちろん私も)。だから学園ものには馴染めない――それはその通りだ。そしてそれゆえに、本来の読者層を呼び戻す試みがボカロ小説という考察も。一方、ウェブ小説の書籍化も流行ってはいるが、男性向けのそれに比べると、女性向けのもので目立つヒット作が出ていないという現状は、プラットフォームの問題もあるだろうが、個人的には少女小説における姫嫁ブームと多少毛色の違う(ような気がする)作風が一因なのではとも思ったり。また、女性向けライト文芸はお仕事もの・あやかしもの・お料理ものが安定して人気が高いのだが、おそらく読者層はそこそこ被っているはずなのに、その傾向が少女小説とは全く異なるのはなぜかというあたりも気になるので、ぜひ誰か考察してほしい(人任せ)。
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