いつの時代も女の子の制服には、
何とも言えない魅力があるものです。
今回はそんな「制服」を「コスチューム(=衣装)」と見ている筆者の同士に向けて書きました。
時代とともに移り変わる制服についての、考察ブログです。
Contents
1.ウーマンリブとミニスカート(1970年代)
今も多くの国で生きている「女性は控えめに、お淑やかに」という考え方は、「大和撫子」という言葉と共に、日本にも長く根付いていたらしいですね。
ところが1960年代後半、学戦運動の最中、キャンパスでおにぎりづくりに従事させられていた女性闘士が「女性は男の奴隷ではない」と声を上げました。
このことをキッカケとして、この国の男女間のパワーバランスに、劇的な変化が起き始めたんだそうです。
そしてトドメとばかりに、70年代初頭に始まった「ウーマンリブ運動」
出典:今日の出来事ロジー
「伝統的な女性らしさのイメージ」は完全に一掃されてゆき、日本においても女性はどんどんポジティブに、大胆に、自分の個性を示すようになってゆきました。
その象徴がまさに「ミニスカート」なんですね。
1967年、まさにこの国で女性が蓄積させてきた不満を、爆発させるのとほぼ時を同じくして、人気モデル、ツイッギーが着用した「ミニスカート」が大流行したんだそうです。
出典:日南娘(ひなむすめ)
大和撫子たちは、既成概念と恥じらいを脱ぎ捨て、素足を大胆に露出することを
「ファッション・オシャレ・トレンド」だと行動で示したんですね。
そしてそんな「イマドキの女子の始まり」は、同時に我々「コスチュームマニアの始まり」だったかもしれません。
もちろん「下着ドロ」はいたんでしょうが、多分それまでは下着以外の女性の「衣服」にロマンを感じる男子など、かなり少なかったでしょうから。
(おお!!ええ脚しとんな~・・・。あっ!?パンツ見えそう!)
ミニスカートの女性が街にあふれるようになると、必然的にチラ見をする青年や、中年が生まれたことは想像に難しくありません。
そして少年たちは学校で「スカートめくり」という文化を開始しました(今では途絶えましたが)「ミニスカ」は、色んなものを生む土壌となったのです。
やがて、そんな「ミニスカファン」の男たちは様々に枝分かれし、マニア化し、様々なコスチュームに執着するようになってゆきました。
その流れの中で自然と「制服マニア」というジャンルは確立されてゆくことになり・・・。
2.秋元康氏の登場(1980年代)
そして80年代、「セーラー服」を前面に押し出した作品が大挙して出現。
「セーラー服と機関銃」
出典:タイムマシーン70’s80’s
赤川次郎原作の角川映画。
薬師丸ひろ子を時代のヒロインに押し上げた82年NO.1の邦画。
主題歌も大ヒットし、社会現象になった。
ちなみに、以降、長澤まさみ(ドラマ)と橋本環奈(映画)がヒロインを再演。
「セーラー服を脱がさないで」
出典:邦楽・洋楽流行歌史
AKBの元祖とも言える秋元康氏プロデュースの素人系アイドルユニット「おニャン子クラブ」
デビュー曲にして大ヒット曲(おニャン子の主な出身者は国生さゆり、工藤静香など)です。
当時、夕方5時から毎日放映(月~金)されていたフジTVの「夕やけニャンニャン」はまさに一世を風靡。
司会だったとんねるずのブレイクにも大きく貢献した。
※ちなみに秋元氏の妻はおニャン子でも指折りの清楚系だった高井麻巳子。
「スケバン刑事」
出典:「 そ こ の 子 た ち 笑 っ て ん で ね ! 」
85年、斉藤由貴を主演に迎えて放映されたドラマ。
以降、南野陽子、浅香唯が2代目、3代目となり、3者ともが人気アイドルになった。
「(痛快)セーラー服通り」
出典:ドライビン北海道!!!
86年放映のTBS系ドラマ。
主題歌だった渡辺美里の「My Revolution」が大ヒット。
「セーラー服反逆同盟」
出典:美女・特撮・時代劇・反逆
86年放映、中山美穂主演の日テレ系ドラマ。
スケバン刑事に対抗しようと制作されたらしいが・・・・・・。
【考察】1980年代の制服の比率
例)スケバン刑事:麻宮サキの場合
ジャケット②:スカート④:靴下➀
出典:無料海外ドラマ・映画 小樽の寿司ブログ
当時のジャケットがなぜ短いか・・・。
これは別に女子に限った話ではなく、80年代は男子も「短ラン」全盛期でしてね。
不良が「長ラン」と「ドカン」から「短ラン」と「ボンタン」に移行したのがこの時期なのです。
(時代のファッションは遥か昔から「傾奇者」(奇抜で斬新な格好をする一種の不良)が先駆けになります)
制服だけじゃなく、Gジャン(デニム生地のジャンパー)とかまでやたら短いデザインが多かったのです。
それが一種のトレンドだったのでしょうね。
ただ、もし時代時代において男性の願望が制服のデザインに反映されることがあるとするなら、個人的には薬師丸ひろ子のこの画像↓が全てを物語っていますね。
出典:(You Gotta) Fight For Your Right (To Party)
このわずかにのぞく「お腹」
このチラリズムこそが、当時のジャケットが短い理由です!
かっ・・・可愛すぎるっ!!
ちなみにスカートの長さは、まともに答えれば当時のスケ番は「長いスカートで硬派が主流」だったからなのですが、僕は「前フリ」だと捉えております。
何の前フリかって??それはコレです↓
3.森高千里の「17才」の登場(1990年代~2000年代)
youtube
美脚とミニの象徴、カリスマ・森高千里の出現は日本男児の魂を激しく揺さぶりました。
89年、「17才」のPVはまさに世を席巻しました!
どこのジュークボックス設置場所に行っても、森高がミニで踊りまくる映像が流れておりましたね。
つまり世の大半の男どもの脳裏には
「森高の脚」が焼き付いたわけです(個人の見解です(笑))
それ以降の90年代は森高を意識してか、安室奈美恵に代表されるように、日本の女子はバンバンスカートを短くしてゆき、そしてそれは見事制服にも反映されました。
コギャル、ヤマンバギャルなど、一般の女子高生も思いきり太ももを見せるようになってくれましてね。
(ありがとう森高千里(笑))
そこにユルユルのルーズソックス・・・。
さて、この「ミニスカ」と「ルーズソックス」を考察してみましょう。
【考察】1990~2000年代の制服の比率
例)コギャルの場合
ジャケット③:スカート➀:靴下③
出典:let-me
スカート丈の短い最大の理由は、恐らくデザインを考案したデザイナーの脳内に「17才」のPVが流れ続けていたからでしょうが、もう1つ、理由があると思います。
それは「風紀と倫理の乱れ」
【当時の女子高生の半数が「援交」を経験した】なんて無責任なことを書く人もいます。
それはともかくとしても、確かに当時バブルが弾けた世相を反映し、自暴自棄化した荒んだ大人たちが大勢いたのは事実だと思います。
それに影響されて緩んだ女子高生たちのタガが、ルーズソックス(ユルユルでしょ?)や、ヤケクソ的に短いスカートに反映したのかもしれませんね。
4.再び、秋元康氏の登場(2010年代)
そして2010年代・・・
『勢いを失ったモー娘』にとってかわり、再びあの男が動き出します。
AKB48のやってることは、基本的にはおニャン子とそう変わりません。
【身近なアイドルをファンが育てる】というコンセプトの元、せっせと青年たちは少ない小遣いを彼女らに落とします。
しかも今回は「劇場」や「選挙」まで用意する念の入れよう(笑)
僕らはもう30年も前から秋元氏に思うがまま操られているわけですが、ま、世の中とは常にそういうものですから。
とりあえず深いことは考えず、今は制服のことに集中しましょう(笑)
【考察】2010年代の制服の比率
例)AKBの場合
ジャケット③:スカート③:靴下②
出典:プリ画像
AKBの服装がなぜ「清楚」と「無難」をコンセプトにしているのか??
それは草食化した意気地なしの男子を「引かせない」ため。
AKBが「恋愛禁止」を掲げるのも、まさにゆとり世代の男子の描く偶像を壊さないためであり、親近感を感じる雰囲気も含め、女性であることの「生々しさ」を出さないようにしているわけですね。
秋元氏、商売としてもタチが悪いですな(笑)
で、現代の制服は、そのAKBの影響をモロに受ける「清楚・無難系」。
個人的にはコギャル時代から「まとも」に戻った印象です。
5.時代は反動を伴い、また繰り返す
そしてこれから流行するであろう
(すでにしている)スタイルが、
韓国発の【オルチャンファッション】
【考察】今後の制服の比率
例)オルチャンファッションの場合
ジャケット③:スカート②:靴下②
出典:韓ラブ
無難過ぎたこの数年の反動から、おのおのが個性的なアイテムを取り入れ始めるのは、まさに必然的ですね。
パーカーやジャージなどのアウターや、時計やリボンなどの「ワンポイント」をさりげなく取り入れるこのスタイル!
この【オルチャンファッション】が今後の制服ファッションの主流になるのは、まず間違いないでしょう。
多少、スカート丈を短くする女子が増えることに喜びを隠せないですが、ま、もう90年代に回帰することはさすがにないでしょうね。
ちなみに、女子高生のスカート丈比率に関しては、オルチャンファッションのこの②が理想的だと個人的に思う筆者です。
以上、同志たちに捧げる歴史と考察でした。