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[FT]瀬戸際の「米主導の平和」 役割拒む次期政権

2017/1/15 2:00
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 「我々には永遠の同盟国も永遠の敵もいない。あるのは永遠の国益だけだ」。英国の首相を務めたヘンリー・テンプル(第3代パーマストン子爵)は大英帝国が栄華を極めていた1848年、自国の外交政策についてこう述べ「英国は独自の道を歩むだけの強さと影響力がある」と断じた。

■「米国第一主義」、孤立主義に類似

米国の外交政策は一国主義と多国間協調の間を行ったり来たりしてきた=ロイター
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米国の外交政策は一国主義と多国間協調の間を行ったり来たりしてきた=ロイター

 トランプ次期米大統領がパーマストンに倣うとは考えにくい。とはいえ、2人は他国に対する頓着がないという点で共通する。今の開かれた国際経済体制は米国が設計したが、20日に大統領に就任するトランプ氏は「米国第一主義」という独自のルールを作る。これは「米国孤立主義」とよく似ている。

 手始めが環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱と北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉、中国製品への高率関税の導入だ。同氏は旧来の地政学的秩序にも縛られず、ロシアのプーチン大統領と関係を築くことをいとわない。

 ツイッターで「一つの中国」政策に異議を唱え、40年にわたる米中関係にも疑問を投げかけている。中東への関与をやめると述べ、シリアに「安全地帯」を設けるとも主張する。

 トランプ氏の「米国を再び偉大にする」政策は直感と偏見の寄せ集めで、中身は経済ナショナリズム、反グローバル主義、反移民、イスラム過激主義の徹底拒否、米国の利益を優先するゼロサム思考などだ。欧州や日本などとの従来の同盟関係の見直しも含まれる。

 トランプ氏は保護主義政策に加え、温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を公約した。欧州諸国の頭越しにプーチン氏と合意したり、イラン核合意を破棄したりする可能性もある。メキシコ国境への壁の建設やイスラム教徒の入国禁止も掲げる。これらの主張に共通するのは孤立主義、つまり西側諸国を支えてきた国際体制における米国の役割の拒絶だ。欧州諸国の頭には1930年代、欧州にファシズムの波が押し寄せ第2次世界大戦が勃発しても、孤立主義政策をとった米国が傍観していた歴史がよぎる。

■トランプ氏外交で「西側」概念崩壊

 無論、同盟国はすでに新体制への適応を試みている。日本の安倍晋三首相は外国の首脳として初めてトランプ氏と会談した。メイ首相率いる英国政府は、欧州連合(EU)からの離脱交渉を控え「(米国との)特別な関係」にしがみつこうとピリピリしている。だが、こうしたトランプ政権との関係は第2次大戦以降の体系的、組織的な協調関係の代わりにはならない。米国の指導力がなければ西側という概念そのものが意味をなさなくなるからだ。

 米国家情報会議(NIC)の元メンバー、マシュー・バローズ氏は「パックス・アメリカーナ(米国主導の平和)」はもはや割に合わなくなったとみる。トランプ氏は欧州が信奉する多国間主義を冷笑している。

 楽観主義者らは、米国の外交政策が建国時代から振り子のように孤立主義と(米国は特別な国であり、世界をリードする必要があるという)例外主義の間で振れ、一国主義と多国間協調の間を行ったり来たりしてきたと指摘するはずだ。

 確かに、初代ワシントン大統領は退任時に国民に宛てた文書で、欧州の「頻繁な論争」は「我々とは無関係だ」と述べた。20世紀に入ると、セオドア・ルーズベルト大統領がカリブ海域で、しばしば軍事力を使った強引な外交を展開した。第2次大戦後は米国は30年代の孤立主義の教訓から、新しい世界秩序づくりを主導した。

 最近では、ブッシュ前大統領が2001年の就任後、気候変動に関する京都議定書やロシア(旧ソ連)と結んだ弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から離脱した。同年9月11日の米同時テロの後はルールに基づく多国間主義を退け、イスラム過激派のテロリストと戦ううえで「敵か味方か」で世界を色分けした。

 しかし、中東を民主化するという政権の夢は、イラクの流血による混沌や、米国が払った多大な代償に対する国民の不満を前についえた。ブッシュ氏は2期目の任期の大半を、1期目に踏み付けにした同盟国との関係の再構築に費やした。

 オバマ大統領は中庸路線をとった。現実的な国際協調の道を探り、米国が各国を一つにまとめる役割を担おうとした。イラン核合意やパリ協定などうまく行ったこともあったが、時に慎重さが事態の停滞や悪化を招いたと批判もされる。

■多国間協調の復活は困難

 いずれにせよ、振り子理論には一理ある。一国主義を振りかざして始動するトランプ政権が、大国同士の対立や経済の相互依存の現実を目の当たりにし、徐々に政策を見直すことは十分考えられる。新大統領は遠からず、米国単独では過激派組織「イスラム国」(IS)と戦えず、保護主義への回帰は特に米企業に打撃を与えるとわかるだろう。

 もっとも、危険な孤立主義が数年続いた後、パックス・アメリカーナがこれまでと同様、簡単によみがえると考えるのは間違いだ。世界は変わってしまった。米国の力は試されており、仕掛けてくるのは中国だけではない。国内にも変化が起きている。開かれた国際貿易体制はかつて、フォード・モーターやIBMなどの米企業にとり、新市場の拡大を意味したが、今は米国の雇用を奪うけしからぬものと見られることの方が多い。

 大方の試算では、米軍は今後数十年、比類なき力を持ち続ける。だが、優位性は覇権と同じではない。相手国と取引しても同盟関係には置き換えられないし、怒りに任せてツイートしても、米国の力と威信の回復にはつながらない。

 これまでの言動を見る限り、トランプ氏はそれを認識する思考や性分を持ち合わせていないようだ。中国との衝突につながる誤算の可能性など危険はすぐそこにある。長い目で見れば、トランプ政権時代に過去70年間、相対的な平和と安定を支えてきたパックス・アメリカーナが崩れ、17世紀の哲学者ホッブスが「万人の万人に対する闘争」と呼んだような大国間の紛争の時代に逆戻りする脅威が存在することも忘れてはならない。

By Philip Stephens

(2017年1月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

(c) The Financial Times Limited 2017. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.


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