はじめての経験で自分を取り巻く世界は一変するかもしれない――。そう夢想したことのある人は多いでしょう。はじめて本を出した日のはあちゅうさんもそんな気持ちでした。でも、現実の世界はそう簡単に変わらないのです。
5年あれば誰かにとっての世界は変えられる
去年とあるトークイベントを聞きに行ったら
若手芸人さんが、
初めて掴んだテレビ出演についての話をしていた。
「いつかテレビに出たい」という夢を目指して
下積みを続け、ついに長年の夢が叶って、
深夜番組に出るチャンスがまわってきた日のこと。
収録ではしっかりと爪跡を残せたので、
あとは放送日をウキウキ待つのみ。
めでたく迎えた放送日に、
彼は残念なことに
アルバイトのシフトを入れていたけれど
ばっちり録画予約をして、
当日は、仕事をしながらも「今まさに、テレビでは
俺の出た番組が流れているんだなー」と
ドキドキが止まらなかったらしい。
そして、仕事が終わって、外に出る瞬間、
「もうこのドアをあけたら、
今までの世界とは違うんだ!
今までの俺とも違うんだ!」と
胸が高まったそうだ。
「テレビ見てた人から
『今テレビ出てましたよね』とか言って
サイン求められちゃうんじゃない、俺」
にやけながら外に出て、街を歩くと、
外の世界は、バイトに行く前と、全く変わっておらず、
もちろんサインも誰からも
求められることはなかったという。
…当たり前だ。
彼はこの話にうまくオチをつけて
笑い話にしていたけれど、
私は、大ウケしながらも、
胸のどこかが痛かった。
全く同じ経験を、私も
18歳の時にしていた。
2歳の時から「作家になりたい」と言い続け、
ずっと夢だった本がついに出ることが決まった時だ。
本の発売日前日は、夜も眠れぬほどに興奮した。
明日、大学に行ったら、
もうすごいことになっちゃうんじゃないかと思った。
「本、すごいじゃん!」と
一体何人に声をかけられるだろう!と想像しては
にやけ、意気揚々と家を出た。
けれど、大学についても、
昨日と何一つ変わらない今日があるだけだった。
ブログを見ている何人か…というかたぶん2人くらいが、
「おめでとう」と言ってくれたけれど、
その他の人は誰一人として
私が本を出したことも知らなかったし、
大学生協にも私の本は置いてもらえていなかった。
地元の本屋の隅っこに置かれた私の
人生初の本は、
一週間もたたないうちに
売れないまま出版社に返本され、
跡形もなくなっていた。
最初の本は、お金にもならず、
私を有名にもしてくれず、
ただ、私の人生の中で
「本を出した」ということだけで終わった。
十何年も抱えていた夢が叶った割に
あまりにも全てがあっさりしすぎていた。
一瞬の達成の喜びを超えると、
今までと同じ私が、元の世界にいるだけ。
取り巻く環境は何一つ変わらないまま
私はその後も淡々と大学生活を過ごした。
その後、もっと長いスパンで見ると
いろいろと環境は変わったけれど、
夢を叶えさえすれば、
苦しみや孤独のない世界にいけるわけではなく、
むしろ、夢は、叶うたびに
新たな苦しみと孤独を生んだ。
話は変わるけれど、何年も前に、
スープストックトーキョー創業者の
遠山さんの講演会に行ったことがある。
その時遠山さんが
「5年あれば、誰かにとっての世界を変えられる」
と言っていたのがとても印象的だった。
スープを出すお店を
日本につくりたいという
アイディアをひらめいた遠山さんは
海外に移住する女友達に
「こういうお店をやりたい」と
熱く夢を語ったらしい。
5年後、帰国した彼女は
遠山さんが話していた、夢のスープのお店が
日本全国に本当にあるのを見て、
すごく驚いたそうだ。
「違う世界に来たみたい」という彼女の言葉を聞いて、
遠山さんは
「5年あれば誰かにとっての世界って変えられるんだな」と
思ったという。
…もう何年も前の話だからディテールが
間違っているかもしれないけれど、
「5年あれば、誰かにとっての世界は変えられる」
というフレーズは今も私の頭に強く刻まれている。
このことは当時のブログにも書かれていて、
それは偶然にも、今からほぼ5年前だ。
(2011/4/30 5年で、人生は変わる。)
この記事を書いたときの私は25歳で、
「いつか旅をしながら
小説やエッセイを書いて暮らしたい」
と夢を見ながら、電通で働いていた。
5年後の今、
その時に夢見ていた通りの
生活をしている。
30歳になった去年(2016年)。
2月に、初めてのエッセイ本を出版でき、
4月に初めての小説を出版し、
今月、最後の砦だった純文学デビューが叶った。(※)
5年前に持っていた夢を、30歳のうちにきっちりと全部叶えきったのだ。
私が夢を叶えたところで、
世界はそんなに変わっていない。
これからも、どんなに夢を叶えたところで
そこまで何も変えられないと思う。
だけど、誰かにとっての世界は
きっと変えられているはずだ。
そう信じることで、
不安にくじけそうな時も
気持ちを立て直せる。
私に限らず、
どんな仕事だって同じだろう。
顔も知らない誰かをちょっとだけ笑わせたり、
誰かの生活をちょっとだけ便利にすることだって、
一人の人間の生きている成果として
これ以上ないほど尊い。
自分の手によってうまれた、笑顔や、便利さが、
また別の誰かにとっての世界を変えるなら、
それは人生を賭ける価値がある尊さだと
私は信じている。
(※)1月7日発売の講談社「群像」に掲載されています。
参考:
カリスマブロガーはあちゅうが文芸誌『群像』でデビュー
男女描く短編3作
<私の仕事アイテム11>
●オシャレ感ある時計(ニクソン)
最近仕事相手の方が時計を
プレゼントしてくれました。
新しい時計をおろすのは2年ぶりです。
今までは、シンプルなものしか持っていなかったので、
どんなファッションに合わせようと
ウキウキしています。
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