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shi3zの長文日記 RSSフィード Twitter

2017-01-15

1兆円企業の正社員を辞め、ベンチャーを起業してみたら・・・オウム真理教信者にやられたでござる 08:37

 なんとなくFacebookのタイムラインに本の紹介が流れてきて、「ふーん」と思っていたのだが、僕は経営失敗の本を読むのが経営者の教養だと思っているので、せっかく書かれた本なので読んでみようと思って買ってみた。


 タイトルは「再起動 リブート」前向きなタイトルだけど、逆にいかにも失敗したという印象がある。

 著者であり主人公である斉藤徹さんは、日本IBMのエンジニアの地位を捨ててフレックス・ファームという会社を立ち上げた。


 帯によれば、「僕は4回死に、そのたびに復活した」のだという。



 最初はダイヤルQ2バブルの話。まあこの時代は土地バブルの残響があって簡単に儲けることが出来た。アダルト番組に手を出して大儲けしたが同時に筋の悪い客も掴んで、ダイヤルQ2が社会問題になったときに大変なピンチを迎える。


 ここまではわりとよくある話。板倉雄一郎の「社長失格」もだいたい同じような感じだ。


 ところがさらに追い打ちをかけるようなことがフレックス・ファームに起きる。


福田さん、会社のなかで悪いことをしている人がいます」


「え?どういうこと?」


福田は、タケの意図がわからずに尋ね返した。


「仕事をしないで、会社の資産を横流ししているようです」


「それはホントか?」


「はい。それで昨日、彼らのパソコンの利用履歴を見たら、オウムネットというところにアクセスしていることがわかりました」


驚くべき告発だった。

彼らがアクセスしていた先はオウム真理教のウェブサイトだったのだ。当時、オウム真理教は坂本弁護士一家殺害事件などの関与を一部で疑われていたものの、まだ犯罪組織とまでは認定されず、疑惑の新興宗教と見られていた


 普通、特定の宗教団体のことは書かない。書けないというか。

 こんなに赤裸々に書かれているだけでも著者の覚悟が伺える。

 解散したとはいえ、一時期はたいへんな隆盛を誇った宗教団体であり、逆らって命を落とした人もいるというのに。


 実際、フレックス・ファームで内部調査をすると状況はもっと悲惨だったらしい


タケからの情報をもとに福田が調査すると、さまざまな事実が発覚した。一五名ほどいた技術系社員のうち、四名がオウム真理教の熱心な信者だったのだ。彼らは社員紹介ということで次々と入社し、中核的な立場でシステム開発をこなす傍ら、社内で布教を進めていた。致命的だったのは、彼らが会社の資産である音声応答システムをオウム真理教に横流ししていたことだった。購買や在庫管理を担当する社員まで信者となっており、一台数百万円で販売しているシステムが数台横流しされたことが判明した。資金流出が早まった原因は、実はここにもあったのだ。


 さらに信者を一人解雇すると、6人が辞め、合計10人が信者だったことが発覚する。

 怖いよこれは。


 さすがに僕の人生で宗教団体がらみで会社がトラブルに陥ったことはないけど、時代性を考えるとそういう状況になるのも納得できなくはない。


 他にも両親と一緒に住んでいる自宅を抵当に入れたり、企業再生ゴロに高級マンションや高級車を買わされたり、「あーあ」という展開になっていくのだが、それでも斎藤さんはめげずに再起動する。


 板倉雄一郎さんの本の場合、読んでいて「この人はもしかして自分がなににしくじったのか分かってないのではないだろうか」と不安になったのだが、本書の場合、斎藤さんは極めて素直に自分の決断のミスを反省しているので大変勉強になる。


 起業というのはいいことばかりじゃない。

 スティーブ・ジョブズだって何度もしくじってる。

 大成功が最初にあったから最終的にはなんとかなったが、普通は大成功が最初にあるということは稀だ。


 僕は経営のスキルは実際に経営をすることによってしか磨かれないと思っている。

 だからこそ、Microsoftはベンチャー起業家だったサティア・ナデラをCEOに迎えたし、Googleエリック・シュミットを外部から招聘してCEOにした。


 新規事業の立ち上げと既存事業の拡大では根本的にやることが違う。

 僕は思えば、ビジネスのキャリアとして、最初からずっと、いろいろな形で新規事業の立ち上げをやってきた。


 最初にちゃんと働いたのは売上7兆円のベンチャー企業だったMicrosoftで、ゲーム機向け汎用OSという、世界の誰も売ったことがない製品を売るという戦略の最前線だった。


 ベンチャー的であるかどうかということは、規模とは関係ない。

 当時のMicrosoftは明らかに急拡大中のベンチャーであり、社員の誰もが攻めの姿勢を崩さなかった。目的のために手段を選ばず、態度ではなく結果のみによって評価される社風で僕はいろんなことを学ぶことが出来た。幸運だったと言っていいだろう。


 その後も、イベントや製品、サービス、そして事業の立ち上げをドワンゴで経験し、そのあと自分の会社を作ってからは、まさしく事業を作り出すということ、立ち上げるということを専門に15年ほどやっている。今もまさに新規事業の立ち上げをしている。これまで立ち上げた事業は数える気にもならないが、自分の手を離れて未だに継続している事業も多い。立ち上げることには興味があるが、継続するフェーズになったらそれが得意な人に任せてしまう。すると事業は長続きする。そういうものかもしれない。


 実際のところ、僕は事業を立ち上げることはどちらかといえば得意だと思っている。

 事業の立ち上げは本の企画と同じだ。「こういう本はまだ世の中にはない」かつ「こういう本を読みたい人は大勢いるはず」という仮説から、売れる本を作り出す。


 まあただ、僕の場合、あんまりマス向けのことはできない。そこそこ売れる本をコンスタントに書くことはできているつもりだが、何百万部と売れる本を書いた経験は残念ながらない。そのあたり、ケイクスの加藤さんあたりに秘訣を聞きたいところだ。



 けど、自分のやりたいことをやって生きるなら、そこそこ売れる本、そこそこ回る事業があれば十分だという考え方ももちろんある。


 斎藤さんは最終的にそういうところに落ち着き、幾度もの危機を乗り越え、いまもなお起業家として活躍する真摯な姿勢に胸を打たれるし、会社を経営する人はもちろん、経営幹部を目指す人、これから就職する学生にもぜひ読んで欲しい。有名企業の成功譚だけを読んでも、経営の真実はわからない。むしろこういう本こそが、今の日本にもっと必要なのである。