「オープンワールドのゲーム」の定義がよく分からないので、誰か教えてください
動画の1時間13分あたり。
NAN-Aさん「(『ブレイブダンジョン』は)誰と行ってもイイし、どこに行ってもイイし、という今流行りのオープンワールドのゲームで…」
黄さん「オープンワールドってそういうゲームなの?」
NAN-Aさん「分かんないっす(笑)。みんなも分かって使ってないと思うんですよ(笑)」
黄さん「ああ」
NAN-Aさん「とりあえず、(オープンワールドのゲームは)“自由にしたい”という『グランド・セフト・オート』の影響だと思うんですけど……」
自分以外にもこう思っている人がいたのか!とハッとしました。
みんな「オープンワールド」「オープンワールド」言っているけれど、「オープンワールドのゲーム」の定義を分からないまま何となくで言っていないか?と。少なくとも私はよく分かっていません。分からないまま「みんながオープンワールドと言っているから……」と仕方なしに使っていることもあるので、「いやいや、私はオープンワールドの正確な定義が分かっていますよ」という人は教えてください。
◇ 「オープンワールドのゲーム」は“自由度が高い”?
10年くらい前が一番言われていた時期かと思いますが、日本のゲームと外国のゲームを比較して日本のゲームを批判する人がよくこう言っていました。「海外のゲームはオープンワールドで自由度が高くて自分の遊びたいように遊べるが、日本のゲームは『ファイナルファンタジー』みたいな一本道でストーリーを追うだけのゲームばかりでつまらない」
ほうほう。「オープンワールドのゲーム」は自分の遊びたいように遊べるのか、それはすごいな。海外のゲームって本当にすごいんだなー、なーんて、その時は素直に思っていたのですが。
去年、「オープンワールドのゲーム」を熱烈に愛している人がコメントを書き込んでくれたので、「何かオススメのオープンワールドのゲームはありませんか?」と聞いたところ『バットマン:アーカム・シティ』をオススメしてくれて、実際に買ってクリアまでプレイしました。
また、たまたまですが、発売日に買ったまま諸事情があってクリア出来なかった『レゴ(R)シティ アンダーカバー』と、その3DS版の『レゴ(R)シティ アンダーカバー チェイス ビギンズ』を去年クリアしました。このシリーズは海外では『バットマン:アーカム・シティ』と同じ会社から発売されているからかほぼ同じゲームシステムで、去年の私は1年間に3本「オープンワールドのゲーム」をクリアしたことになるのですが……
率直な感想を言うと、「オープンワールドのゲームって……思ってたのと違う」でした。
・基本的には一本道のストーリーを追うゲーム。
・「ここに行け」という指示があるので、そこに行って敵を倒すなりするとストーリーが進んで、また次の「ここに行け」という指示があって、ストーリーを進めるためにまたそこに行く。
・ただし、ストーリーを進めていない時は、関係のないマップを探索したり、横道のミッションに挑んだりも出来る
『バットマン:アーカム・シティ』も『レゴ(R)シティ アンダーカバー』シリーズもこういうゲームでした。
それが良くないとか面白くないとか言いたいワケではありません。私が思ったのは、これって別に日本のゲームの『ゼルダ』とか『ポケモン』とか、もっと言えば「ダメな日本のゲーム」の代表として言われていたプレステ時代の『ファイナルファンタジー』とやっていることほぼ変わらなくない?ということでした。
それらのゲームも「メインストーリーは一本道」かも知れませんが「ストーリーには関係のない横道の遊び」がいっぱいあるじゃないですか。『FF8』なんかは「カードゲームにRPGが付いてくる」なんて当時言われてたくらいですし(笑)。遊んで感じた自由度は日本のゲームと大して変わりませんでした。
「海外のゲームはオープンワールドで自由度が高くて自分の遊びたいように遊べる」と言われていたから、私は「女子小学生を拉致監禁して好きなだけ凌辱できる」とか「自分が女子高生になって女子高生とラブラブ百合カップルになれる」とかができるんだと期待していたのに全然できませんでした。
ひたすら狭い下水道みたいなところを走って、外に出たらチンピラに「バットマンがいたぞ!殺せ!」と追いかけまわされたり。「何分以内に鳴っている公衆電話を見つけなければ人質を殺す」と言われるミッションが始まったり。町中ににげまわった豚を探したり、猫を探したり。
私は「女子小学生を拉致監禁して好きなだけ凌辱する」か「自分が女子高生になって女子高生とラブラブ百合カップルになる」以外のことは何一つやりたくないのにそうしたことは出来なくて、特にやりたくもないミッションを押しつけられることの何が自由なのですか!自由とはなんですか!!受けたくもない退屈な授業を選択できるだけで自由だって言うんですか!!!
というのはまぁ、冗談として(笑)。
ということで、「オープンワールドのゲームも一本道のストーリーだった」ことで、果たして「オープンワールド」の定義とは何なのだ?と分からなくなってしまったのです。
「オープンワールドのゲームの定義に自由度は関係がない」のか。
それとも、一口に「オープンワールドのゲーム」と言っても、『バットマン:アーカム・シティ』や『レゴ(R)シティ アンダーカバー』のように「自由度の低い似非オープンワールドのゲーム」と、「自由度の高い真のオープンワールドのゲーム」の二種類があって、私が遊んだのがたまたま「似非オープンワールドのゲーム」の方だったから自由度が低いと思ってしまったのか。
◇ 「オープンワールドのゲーム」=“3Dアクション”?
これは卵が先か鶏が先かという話で……
「オープンワールドのゲーム」と呼ばれているゲームは『グランド・セフト・オート』シリーズを初めとして海外のゲームが多く、海外のゲームは「3Dアクションゲーム」が多いからか、「オープンワールドのゲーム」と呼ばれるゲームのほとんどは「3Dアクションゲーム」じゃないかと思います。
例えばスーパーファミコンの『ロマンシング サ・ガ』は「好きなところに行ってイイよ!」と投げ出される自由度の高いゲームですが、このゲームを「オープンワールドのゲーム」と評している人は見たことがなく、「フリーシナリオRPG」と呼ばれています。自由度が高くて、マップが広くても、ジャンルがコマンドRPGだとその時点で「オープンワールド」とは呼ばれていないと思うんですね。
ということは、『ポケモン』とか『FF』が「オープンワールド」ではなかったのはコマンドRPGだからであって、アクションバトルになった『FF15』が「オープンワールド」だというのは単に「戦闘がアクションになったから」というだけ?
「コマンドRPG」は「アクションRPG」とジャンル的に近くてややこしいので、もっと離れたジャンル―――例えば、シミュレーションゲームは、どんなに自由度が高くてマップが広くても「オープンワールド」とは呼ばれていません。マルチエンディングのアドベンチャーゲームとかも「オープンワールド」とは呼ばれません。『ときめきメモリアル』なんかは「一つの学校の中で自分の好きなように遊べる自由度の高いゲーム」だと思うのですが、あのゲームを「オープンワールド」と呼んでいる人は見たことがありません。
「2Dアクション」はどうかというと……横スクロールの2Dアクションだと『テラリア』とかは「オープンワールド」と呼んでいる人もいそうですし、上視点の2Dアクションだと『Don't Starve』なんかも「オープンワールド」と呼ばれているのを見たことがあります。『ゼルダの伝説』シリーズも「初代はオープンワールドだった」という説も聞いたことがあるので、3Dであっても2Dであっても、アクションゲームであるかどうかが「オープンワールドのゲーム」の条件の一つにあるってカンジですかね。
例えばレースゲームでは『テストドライブ アンリミテッド』とか、スポーツゲームでは最近の『STEEP』とか、「敵と戦うワケではないオープンワールドのゲーム」もあるのですが……「プレイヤーがキャラを操作して、自分の手で広大な世界を歩かせる」という視点で考えると、コマンドRPGやシミュレーションよりはアクションゲームとも言えるのでその辺が条件なのかなーと思います。
しかし、この条件だとWiiの『ファミリースキー』とか『GO VACATION』とかも「オープンワールドのゲーム」に当てはまると思うのですが、これらのゲームが「オープンワールドのゲーム」と言われているのはあまり見たことがありません。自由度が高く、マップも広くて好きなところに行けて、自分の手で操作して広大なマップを歩かせるゲームなのに、どうしてなんでしょう……??
少なくとも『レゴ(R)シティ アンダーカバー』よりかは『GO VACATION』の方が「自分の好きなように遊べる」自由度は高いと私は思いましたけど。どうして『GO VACATION』は「オープンワールドのゲーム」と言われないんでしょうか?
◇ 「オープンワールドのゲーム」は“マップが広い”?
「オープンワールド」をWikipediaで検索してみると、以下のように記述されています。
<以下、引用>
英語におけるコンピュータゲーム用語で、舞台となる広大な世界を自由に動き回って探索・攻略できるように設計されたレベルデザインを指す言葉である。
定められた攻略手順の遵守を要求されないゲームプレイは、「Sandbox(サンドボックス:砂場・砂箱の意味)」ともよばれる。この概念が日本に持ち込まれた際、テレビゲーム雑誌では、3Dで構築された風景やゲームプレイを意味する語として「箱庭」と訳されたが、既に「ミニスケープゲーム」の別称としても「箱庭ゲーム」が用いられていたため、重複による混乱が生じている。
</ここまで>
一行目を読む限りは「舞台である世界が広大なこと」「自由に動き回れること」の2つが条件のように思えますね。そして、「オープンワールドのゲーム」の中に、『マインクラフト』とか『テラリア』のような「攻略手順が定められていないゲーム」は“サンドボックス”という更に細分化されたジャンルがある―――ってカンジですか。
『マインクラフト』や『テラリア』が「自由度が高い」というのは私も納得なので、「海外のゲームはオープンワールドで自由度が高くて自分の遊びたいように遊べる」と言っていた人達は『マインクラフト』とか『テラリア』のようなゲームのことを言っていたのでしょうか?10年前にはまだこれらのゲームはなかったとは思いますが。
「舞台である世界が広大なこと」というのは正直ピンときません。
私がプレイした『バットマン:アーカム・シティ』や『レゴ(R)シティ アンダーカバー』シリーズは、一つの街を舞台にしていたので正直そんなに広いとは思いませんでした。広さだけで言うのなら、『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』とかの方が断然広かったし、火山やら砂漠やら雪山やら「世界中のいろんなところを冒険している」感は強かったです。
“マップの広さ”で「オープンワールドのゲーム」の定義を決めていくと、マップの広くない「オープンワールドのゲーム」もあるし、「オープンワールドのゲーム」よりマップの広いゲームもあるし……なんかもうよく分からなくなります。
【新連載】「とある魔術の禁書目録」は”格ゲー”世代? 鎌池和馬が語るゲーム史がラノベ作家に与えた影響【ゲーム世代の作家たち】
ちょっと思い出した記事。
『とある魔術の禁書目録』などで知られるライトノベル作家:鎌池和馬さんに、「ゲームから影響を受けたもの」を訊くというインタビュー記事なのですが。「遊んできたゲームの世代によって、描ける世界観の広さが変わる」などといった超面白い話が満載なので、ライトノベルに興味のない人にもゲームに興味のない人にもオススメの記事ですよ!
<以下、引用>
鎌池氏「ただ、少し話を戻すと、世代によってゲームの影響のあり方は変わると思うんです。例えば、私より前の作品で影響が大きいのは、たぶんTRPG、もしくは『ドラゴンクエスト』辺りのRPGなんですよ。それこそ私達が出てくる前、ファンタジーが主流だった富士見ファンタジア文庫の初期とかは、その影響が強いのかもしれないな、と。」
――たしかに、剣と魔法のファンタジーはわかりやすいですよね。まさに80年代の日本でTRPGをいち早く遊んでいた人たちの作品というか。
鎌池氏「彼らの特徴は、世界全体を作ったり、その世界全体に飛び込んでいくイメージがあるんです。ところが、私たち「プレステ」世代は、なんて言うのかな……もっと想像力が「箱庭」的なんですよ。
だって、プレステのゲームがそもそもそうだったでしょう。ホラーゲームで霧に包まれた館一個が舞台とか、せいぜい街一個が舞台で、でもそこにはしっかりとルールがある……みたいな。どうも私達の世代は、イメージできる世界の限界が国や大陸よりも、街や学校、あるいは館のような場所に縮小しているように思いますね。」
三木氏「そういう意味では、当時の鎌池さんの作品の雰囲気は、なんだか新しかったんですよ。いま思うと現代トレンド寄りだったし、そこは昔のTRPG路線の作品との違いだったのかもしれないですね。」
鎌池氏「そのイメージの変遷は、ハードの発展が大きいと思うんです。最初の頃はハードのスペックが弱くて解像度が低かったから、逆に大胆に『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようにドットで世界全体を表現できていた。でも、やがてハードのスペックが上がっていくにつれて解像度も上がり、ディテールが求められるようになり、ディスクの容量が足りなくなると、想像力が街一個分だとかに縮小化されていったんだと思います。」
――よくサブカルチャーの議論で、90年代の後半~00年代にかけて、オタク文化では世界全体を扱うような物語にリアリティが失われて人々は身近な物語に没入していくようになった、みたいな話が語られるじゃないですか。でも、そこに「ゲームの影響」という視点を導入すると、単にハードウェアの表現力が上がるにつれてリアリズムに接近していった、ポリゴン以降のゲーム史が素朴に反映されているだけじゃないか、とも言えそうですね。
鎌池氏「ええ。ただ、その意味では今や逆に高解像度でオープンワールドゲームができるスペックになって、もう一回、想像力の境界は広がりつつあるんじゃないですかね。
やはりプレステ1の末期やプレステ2の頃って、世界のすべてが表現できないスペックの中で、小さな舞台を精密に作り上げていく傾向があったと思うんですよ。で、物語の最後の方になると、妙に家族の話とか主人公の話だとかの、小さな場所に展開が凝縮されていく。でも、そのままオチは上手くつけられなくて、精神世界の話でした、で済ませていくみたいなね(笑)。」
三木氏「あの当時のプレステの実験作って、そんな感じですよね。」
――あの時期のゲームが妙に内省的になったり、やたらトラウマに物語を回収していく展開も、当時のハードのスペックにおける最適解だっただけなのでは……ということですよね。そして、その想像力がラノベの現在のトップランナーたちに流れ込んでいる、と。
鎌池氏「そういう側面もあるのかな、と。あと、「格ゲー」世代のものは、先にキャラクターを固めているから、現実でもファンタジーでも、どこに舞台を移しても作れるんですよ。
それに対して、例えば私より少し後の作品では「MMO」世代が想定できると思うんですが、彼らは少し違う印象を感じます。彼らはファンタジー世界の「舞台」が基本にあるんですね。MMO的なキャラを戦国時代にタイムスリップさせるとかではなく、あの舞台そのものを持ってこないとキャラクターの真価を説明しにくいような事情があるんじゃないかと思います。」
</このまま>
※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました
ゲームのことを専門に語る人でもないのに、鎌池さんの洞察力はすごいなーと思います。これが一線級のクリエイターの力なのか……
『ゼルダ』とか『ドラクエ』とか『FF』といった「ファミコン時代からあるゲーム」は、世界をまるまる舞台にしていました。『ゼルダ』は若干微妙な気もしますが……『ドラクエ』も『FF』も世界地図の右端まで行くと左端から出てくるという“世界一周”を、ファミコンの頃から普通にやっていましたよね。だから、これらのシリーズは今でも「世界」をそのまま表現しようとしていると思います(出来ているかはさておき)。
しかし、鎌池さんの挙げられた『バイオハザード』のように、プレステ時代のゲームには「館」とか「基地」といった比較的狭い空間を舞台にしたヒット作も多くなりました。プレステ発祥ではありませんが『メタルギアソリッド』とか、あと個人的には『スーパーマリオ64』も「比較的狭い空間を複数行き来するゲーム」だったと思います。
んで、私が思ったのは……こういうプレステや64の「比較的狭い空間を舞台にしたゲーム」の舞台を広げていったのが「オープンワールドのゲーム」であって、プレステ時代には「館」とか「基地」しか表現できなかったものが「街一つ」「島一つ」表現できるようになったという比較で広さが語られているのかなと。
最初から「世界」を表現しようとしているファミコン時代の『ゼルダ』や『ドラクエ』や『FF』や、スーファミ時代の『ロマサガ』が「オープンワールド」と呼ばれないのは“ルーツ”が違うからであって。『バットマン:アーカム・シティ』より『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』の方がマップが広いぞというのはカレーとラーメンのどちらが進化した食べ物かを語っていたみたいな“全然ジャンルのちがうもの”だったのかなぁと思ったのですが……
『ゼルダ』も『FF』も最新作は「オープンワールド」を名乗っているんですよね(笑)。
だからもう、よく分からないのですよ。
ということで、Wikipediaに書かれていたもう一つの定義「自由に動き回れること」を考えます。
『ゼルダの伝説』シリーズは、初代は比較的「好きなところに行ってイイよ」というゲームでダンジョンの攻略順も一部を除けば自由なんですが、スーファミの『神々のトライフォース』以降はマップが岩などで分断されててストーリーを進めてアイテムを取らないとそこは進めないという「プレイヤーの進む手順が一本道化している」傾向がありました。
これは以前にも書いたことですが。
『ゼルダ』も『ドラクエ』もファミコン時代はプレイヤーを投げっぱなしにして「どっちに進んでもいいよ」と自由度が高かったのが、スーファミ時代に「プレイヤーを一本道に誘導していく」ようにシフトしていったところがありました。
(関連記事:自由度を捨てて、『ドラクエ』や『ゼルダ』が得た“遊びやすさ”)
その後しばらく『ゼルダ』シリーズは一本道傾向があったのですが、「ゼルダのアタリマエを見直す」というスローガンで作られた最新作『ブレス オブ ザ ワイルド』は一本道をやめてプレイヤーの自由に遊べる「オープンワールドのゲーム」(任天堂公式ではオープンエアーと言っています)になったそうです。
ふむふむ。なるほど、今までの『ゼルダ』はマップは広くても一本道だったから「オープンワールドのゲーム」ではなくて、今度の『ブレス オブ ザ ワイルド』は一本道じゃなくなったから「オープンワールドのゲーム」になったのか――――と思ったら、『バットマン:アーカム・シティ』も『レゴ(R)シティ アンダーカバー』シリーズも一本道のゲームなのに「オープンワールドのゲーム」と言われてて「あれー?」となったという、話題が振り出しに戻りました(笑)。
『ゼルダ』の例で考えるなら……「最初からストーリーに関係ないところを歩き回れるか」とか「ストーリーを進めないと“今はまだ行けない場所”があるか」とかが違いですかねぇ。
例えば『ロマンシング サ・ガ』はフリーシナリオRPGでしたが「行ける場所」は特定の条件を満たして増やしていくしかないので、オープンワールドではないとか。『スーパーマリオ64』は「スターを幾つ集めると新しいワールドに行けるようになる」みたいなステージクリア型なのでオープンワールドではないとか。
『スーパーマリオ64』を「オープンワールドのゲームの基礎を作った」と言っている人もいるのでややこしいのですが、ステージクリア型のゲームはどんなにマップが広くてもオープンワールドのゲームとは言われないんじゃないかという気もします。
しかし、そうなるとやはり『GO VACATION』が「オープンワールドのゲーム」と言われていないのが謎なんですよねぇ……確かに、ある程度のミニゲームをやらないと新マップに行けないという要素もありましたが、「海一つ」「街一つ」「雪山一つ」「山一つ」に投げ出されて何をしてもイイし、どのミニゲームをやっても次のマップが解放されるよというゲームなんで。今日挙げた「オープンワールドのゲームの定義」の全部に当てはまっているゲームだと思うんですが。うーん。
ひょっとして……
公式が宣伝などで「このゲームはオープンワールドです!」と言っていればオープンワールドで、言っていなければオープンワールドじゃない――――とか?
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◇ 仮説まとめ、要検証
ということで、私の思いつくかぎりのことは全て書きました。
「我こそはオープンワールドの定義に詳しいですよ!」というオープンワイルドマイスターの方々には、私の挙げた仮説の中から「どれが合っていて」「どれが間違っているのか」を指摘してくださるとありがたいです。
1.オープンワールドのゲームの定義に自由度は関係がない
2.オープンワールドのゲームと一言で言っても、「自由度の低い似非オープンワールドのゲーム」と、「自由度の高い真のオープンワールドのゲーム」がある
3.「プレイヤーがキャラを操作して、自分の手で広大な世界を歩かせる」ことがオープンワールドのゲームの最低条件だ
4.コマンドRPGやシミュレーションゲーム、アドベンチャーゲームなどはどんなに自由度が高くてもオープンワールドとは呼ばれない
5.オープンワールドのゲームの定義にマップの広さは関係がない
6.(メインストーリーは置いといて)「最初から好きなところを歩き回れる」ことがオープンワールドのゲームの条件だ
7.ステージクリア型のゲームはオープンワールドとは呼ばれない
8.公式が宣伝などで「このゲームはオープンワールドです」と言っていればオープンワールドに認定されるし、「このゲームはオープンワールドです」と言っていなければどんなに自由度が高くてもオープンワールドとは認定されない
9.実はみんな「オープンワールド」が何なのかよく分かっていない
○ 『スーパーマリオ64』はオープンワールドのゲームだと思います?
○ 『GO VACATION』はオープンワールドのゲームだと思います?
私は3Dアクションゲームが大嫌いなので「オープンワールドのゲーム」も敬遠してきたのですが、レースゲームやスポーツゲームなど「敵と戦うゲーム」以外にもオープンワールドのゲームはあるみたいなので「敵と戦わないオープンワールドのゲーム」ならちょっとやってみようかななんて思ったりもしています。
「自分が女子高生になって女子高生とラブラブ百合カップルになれる」だけのオープンワールドのゲームがあったら、そちらの情報も求めています!誰か教えてください!
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