「最近つくづく思うけど、サンタクロースっているよね」について、もうすでに散々書き散らされているだろうとは思いますが。
この「サンタクロースっているよね」の意味が、私にはわかりませんでした。
私自身「言葉の文脈的意味」を理解していない自覚は大いにあります。
たとえば、『カンターヴィルの幽霊』という話があって、高校時代、これが英語で書かれているのを日本語に訳して読みましょうみたいな課題があったんです。
詳しくはググってくださいという感じですが、この話のラストは「彼女は赤面した。」というような一文で終わります。
その前は、「僕たちの子どもに聞かせたいよね」みたいな男性の台詞です。
私はここでなぜ女性が赤面したのかがいくら考えても全くわからず、意欲的な姿勢を示すために英語の先生に質問に行こうかと思っていたくらいです。
(この男性と女性の関係を、私は「お似合いだけどカップル未満のふたり」と解釈していたのですが、調べたところ、すでに夫婦になっていたようで、このあたりの勘違いも大きく影響したと思います。)
数年後に、ものすごくかいつまんで言ってしまえば「セックスしよう」って意味だったんだなということに唐突に思い至り、感動のあまりわざわざ母に報告してしまいました。
で、これを読んで私のことを「バカだな」と思っていただいても構いませんが。
「言葉の文脈的意味」を理解していないからといって、「ことばが通じない人」扱いしてしまうのはいかがなものかと思います。
「言葉の文脈的意味」を理解していないのは『言葉の文脈的意味」を理解していない』のであって、「ことばが通じない」わけではありませんよね。
件の方のツイートではほかにも「ことばが通じない」例が挙げられていますが、それらも、たとえば、「語彙が豊富でない」とか「言葉の意味をはき違えている」のであって、「ことばが通じない」わけではありませんよね。
「ことばが通じない」のではなく「コミュニケーションが成立していない」のです。
それも、『「最近つくづく思うけど、サンタクロースっているよね」というような言い回しをするAさんの望む』コミュニケーションが成立していないだけです。
このようなディスコミュニケーションの場面で、相手に対して「この人ことば通じないな」と思ってしまうのは、あんまりではないでしょうか。
もっと言えば、「自分の意図したように自分の発言が伝わらなかったこと」を、「この人ことば通じないな」にすり替えて片づけてしまうことに、それをいかにも「ことば」に詳しいですみたいな方が「こういう人はことばが通じないから仕方がないのです、こういう人には近づかないようにしましょう」と推奨してしまうことに、恐れを感じています。
まあ、私も「ことばが通じない」の「文脈的意味」を理解していないということで「ことば通じないな」で片づけられてしまうのでしょうけど。