会話劇ならではの見せ方の工夫
—— 『春の呪い』をあらためて読み返してみて、「横顔」の使い方が効果的だなと感じました。横顔を描くのはお好きなんでしょうか?
小西 たしかにうつむいている横顔が多いとは、私も思いました。好き嫌いじゃなくて、私の描ける顔のレパートリーが少ないんです……。
—— そんな! 横顔のうつむき方の角度にバリエーションがあって、それだけでキャラクターの心情が伝わってきます。
小西 会話劇なので、気を抜くとどうしても動きがなくなってしまうんですよね。話している間に歩かせてみたり、しゃがませてみたり、会話シーンが続く中で読み手が退屈しないように気を付けています。
『春の呪い』1巻より
—— 絵を描いていて楽しいのは、どういったときでしょうか?
小西 夏美の髪の毛をなびかせるのは、描いていて楽しかったですね。描くのが難しいといえば難しいんですけど、画面映えがするので。でも、基本的に絵を描くのはあんまり好きじゃないんです。マンガの作業のなかで一番好きなのは、プロット作りなんですよ。
—— では、いちばん苦手な作業は?
小西 ネームです! A5サイズのスパイラルノートに、1ページがそのままマンガの1ページになるように手書きで描いているんですが、毎度ものすごく悩みますね。そもそも私はウェブでマンガを発表していたので、タチキリや横に読んでいくことを前提とした、紙で読むマンガを描いたことがなかったんです。だから何も考えていないと、目線を右上→右下→左上→左下と移動させるコマ割りばかりしてしまいます。
一迅社担当編集(以下、担当) ウェブだと縦読み前提なので、紙で効果的なコマ割りとはちょっと違うものになるんですよね。そのあたりについては、私からコマ割りの変更を提案するなどして、コマ割りについての考え方をすりあわせていきました。
「No time for losers」に衝撃を受けて
—— セリフや展開のアイデアを思いつきやすいタイミングはありますか?
小西 なぜか自転車を漕いでいるときに浮かびやすいです。全力疾走していると、さわやかな気分になるからでしょうか(笑)。
—— 自転車ですか。マンガのお仕事をしていると、家にこもりきりになりますからね。
小西 そうですね。仕事としてマンガを描き始めたころは、気が狂うかと思いましたね。「ずっと家でこの世に存在しない人間の人生考えて、何やってんだろう……」と(笑)。
—— でも、そうやって生まれたキャラクターや作品に励まされている現実の読者の方がたくさんいると思います! 作業中の息抜きなどはありますか?
小西 『春の呪い』の作業中は、明るい洋楽を聞いていることが多かったですね。アース・ウィンド・アンド・ファイアーとか、ガンガン音が流れてくるEDMの曲とか。
—— 洋楽がお好きなんですか?
小西 そうですね、わりと聞きますね。とくに、フレディ・マーキュリーには言葉遣いや言葉選びの点でも影響を受けている気がします。フレディって、短い単語でガツンとキメてくるじゃないですか。
「We Are The Champions」の“No time for losers”という一節が本当に好きで。「負け犬に出る幕はない」って、かっこよすぎる。タイトルやセリフを考えるときは、自分でも短いフレーズでインパクトを残したい、フレディ的な力強さを出したいと思っています。
—— 「来世は他人がいい」(※)や「春の呪い」といった言葉のインパクトは、そこから来ていたんですね。
※小西さんが別名義でPixivで発表しているマンガのタイトル。読み切りバージョンの「二人は底辺」が、『春の呪い』掲載誌である月刊ZERO-SUMでも掲載された。
小西 『春の呪い』の場合は、「ガツンとキメてやれ」というのはそんなに思っていなかったですかね。この作品では、「恋愛感情をきちんと描く」ということに集中していました。過去、ここまで恋愛感情にフォーカスして話をつくったことがなかったので。
「二人にしかわからない言葉」にあこがれる
—— これまでは、そもそも恋愛感情自体を描くことに、あまり興味がなかったんでしょうか?
小西 そうかもしれません。私は「自分たちだけの世界観を持っている二人」というのがすごく好きなんですけど、それは恋愛感情と結びつくものではないんです。なんというか、二人にしかわからない言葉を使うようなつながりや、たとえ一時的に恋愛感情が発生しても、それがなくなったあとも二人でいつづける関係性が好きなんです。
—— 過去に影響を受けた作品などはありますか?
小西 大友克洋の『AKIRA』と、手塚治虫の『MW』には影響を受けましたね。あ、『春の呪い』については、明確に意識しているのが『卒業』なんです。
—— アメリカの有名な青春映画ですよね。
小西 はい。『卒業』の二人は、クライマックスで、挙式中の教会を飛び出してバスに飛び乗るという無謀なことをしますよね。そしてバスのなかで二人が暗い目で宙を見つめているところで終わる。『春の呪い』のラストを最初に考えていたときは、ああいう終わり方がいいかなと思っていました。結果的には違ったものになったんですが、オマージュとして描いている認識はあって、2巻でも『卒業』のポスターが出てくるシーンがあります。
いつかまた二人を「描ける」と思う日まで
—— 『卒業』の二人とはまた違うかたちで新しい一歩を踏み出した夏美と冬吾ですが、今後、また二人の日常を描きたいという気持ちはありますか?
小西 今のところはないですね。想像がつかないんですよ。2巻の最後で、二人は私の手の届かない遠いところに行ってしまったと思っています。だから、私にも今二人がどうしているかよくわかっていないんです。もしかしたら「描ける」と思う日が来るのかもしれませんが、今ではないですね。
—— では、『春の呪い』とは関係なく、次に描きたいと思っているものはありますか?
小西 うーん、これまでに完結させていない話がまだ100個ぐらいあるので……。昔からの読者の方に「あれも楽しみにしています」「これも未完ですよね」と言われるたびに、胃を痛くしています(笑)。
—— そうなんですね(笑)。マンガ家になったことを実感するのは、どんなときでしょうか?
小西 そういえば、自分の本が書店に並んでいるのを、今年の10月にやっと見ました。その前に、コンビニの棚に並んでいるのを見かけたことはあるんですが、シュリンクもされていなかったので、「誰かが差し込んだのかな? もしかしてここはコンビニじゃなくて私の家の本棚なのでは……」と疑心暗鬼になるくらい、まったく実感がわかなくて。
—— いまもまだ実感がない状態なのですか?
小西 いえ、紙のファンレターをいただくようになってから、デビューした実感がわいてきたかもしれません。ずっとインターネットで活動していたので、ネットでご感想をいただくことは多かったのですが、お手紙は初めてで。「あ、私のファンって、ちゃんとこの世に実在したのか……」と思いました。
私は私でファンの方から「本当にこの世に存在しているんですか?」って言われるんですけど(笑)。
『春の呪い』小説版は出版されるか?
—— デビューしてからは、小説は書いていらっしゃらないんですか?
小西 書いていないですね。かれこれ3年くらいは書いていないかもしれません。
—— マンガで表現できるようになってからは、マンガの方に専念しているということでしょうか。
小西 ああ、そうかもしれないです。マンガを描くようになってから、小説で表現するときに不便に感じていたことが、スムーズに描けるようになったんです。私の作品は会話が多いので、小説だと、間のとり方や状況の説明の入れ方がかえって難しいんです。もちろん、マンガにはマンガで難しいところはあるんですが、今はこちらでやってみようと思っていますね。
ただ、小説を書いていなかったらマンガの道にも進んでいなかったですし、私にとっては必要なステップだったと考えています。今でも余裕があれば、本当は小説も書きたいですね。
—— 『春の呪い』の小説版を完成させる予定はないのでしょうか?
小西 それはないです!(笑) 恥ずかしい……。
担当 小説版も出しませんか、というのは実はずっとご提案しているんですが……(笑)。
—— いつか、小西先生の気が変わって拝読できる日を楽しみにしたいと思います。
最後に、「このマンガがすごい!」2位についての実感をあらためてうかがってもよろしいでしょうか。
小西 本当にうれしいです! 最初はこの仕事で生活できればいいな、くらいのところからスタートしたので、賞をいただけたというだけで信じられない思いです。それに、2位ということは、まだ私の人生はここがピークじゃないんだなと(笑)。
私、人生のピークは遅ければ遅いほどいいと思っているんです。今がピークになっちゃったらどうしようといつも不安で。だから、少なくともあと10年は頑張りたいですね。
—— 10年後も20年後も楽しみにしています。今日はありがとうございました。
(おわり)
聞き手・構成:平松梨沙