左:西本真寛さん、右:石川善樹さん
考えが浮かばないのは、「問い」が悪いから
石川善樹(以下、石川) 前回、ゾーンに入って考え続けるためには、「飽きたらすぐやめる」ことが重要だというお話をしました。もう一つ、考え続けるために重要なことがあります。それは、「考えるための方法論を見つける」ということです。ゾーンに入り続けるには「即時のフィードバック」を得ることが大事なんですが、考えるための方法論がないと「果たして自分はちゃんと考えているのかどうか」フィードバックがかかりにくいんです。ゾーンという言葉が主にスポーツの世界で使われてきたのは、スポーツはゾーンに入ったかどうかがわかりやすいからなんです。
—— スポーツは動きが決まってますもんね。
石川 そう、単純な動作を精度高くやるという状況では、ゾーンに入ったかどうかわかりやすいんです。それに比べると、考えるという行為は自由度が高く、やり方が決まっていない人が多い。そもそも「考える」とはどういうことか、考えたことがある人っているんでしょうか。加藤さん、どうでしょう?
—— うーん……たしかに、説明できないですね。
石川 だから上司が部下に「もっと考えろ」というのは、適切な指示になってないんですよ。「世界を平和にしてこい」というのと同じです(笑)。
—— やり方がわからないですもんね(笑)。では、考えるとは何なんでしょうか。
石川 うーん、何でしょうか?(笑)ただ、考えてみて思考が止まる時は、問いが大きすぎる、抽象的すぎることが多いです。僕ら研究者は、疑問が浮かんで、考えはじめて5秒間何も思いつかなかったら、だいたい問いが悪いと考えます。
—— 5秒! 考えが浮かばないのは、自分の頭が悪いせいじゃないんですね。
石川 そうです。だから5秒間何も思いつかなかったら、考えやすいように問いを分割するんです。分割する方法はいくつかありますが、まず、メジャーなのはこれですね。①前例のない挑戦なのか、②考えつくされた領域なのか。このどちらなのかによって、考え方のプロセスが大きく変わってきます。
—— たとえば、「ヒットするコンテンツとは何か」というのは考えつくされた領域の方ですよね。
石川 そうですね。逆に「火星に行くにはどうしたらいいか」というのは前例のない挑戦だと思います。これって、縦軸に「思考の自由度」をとると、前例のない挑戦は自由度が高く、考えつくされた領域は低くなります。
—— 前例のない挑戦はPrimitiveで、考えつくされた領域はComplexなんですね。
石川 だいたい物事は、Primitive(原始的)なものから、Complex(複雑)なものに変わっていくんですよ。これは進化論的な考え方ですが。そして、縦軸に情報量をとると、考えつくされた領域の方が指数関数的に上がります。
—— これは、感覚的にわかりますね。
石川 問いを、前例のない挑戦(Primitive)、中間、考えつくされた領域(Complex)の3つに分けると、それぞれ必要とされる思考形式が違ってくるんです。
—— へぇ! こんなふうに分類できるなんて、考えたことありませんでした。
石川 Primitiveな状況は情報も手がかりもほとんどありません。なので、ここは「直感」を使うしかない。直感というのは好き嫌いに基づく判断です。漫画などの創作物をゼロから生み出す時はここだと思います。
—— たしかに、クリエイティブなものって、自分の「好き」が出発点になりますね。
石川 PrimitiveとComplexの中間は、一番よくある問いですね。ここは「論理」を使って考えるところ。世界の研究者が考えている問いも、基本的にここです。順序立てた仮定によって結論を導き出す演繹法か、数多くのデータを集めることで結果を導く帰納法などを使って考えます。
—— 学校で習った記憶があります。
石川 そして、Complexな問いについては「大局観」を使います。わかりやすく言うと、全体を見て構造を発見するということですね。
—— 大局観といわれると、将棋を連想します。
石川 そう、僕はこの分類を、羽生善治さんの言葉からヒントを得て考えたんです。彼は将棋の思考を、直感と読みと大局観だといっていました。若い頃は、読みの力が強いけれど、年をとると直感や大局観を使うようになると。
—— 言葉だけ聞くと、直感と大局観は近いように思えるのですが……。
石川 この2つは違うんですよね。直感は好き嫌いに基づいていて、大局観はすでにあるものの構造を発見する思考なんです。
—— ああ、ロジックの果てにあるのが大局観なんですね。
昭和は「論理」の時代、そして今は「大局観」の時代
石川 そうです。そして、この3つにはそれぞれ間逆なものがあります。
直感に対しては「ひらめき」。
—— えっ! 直感とひらめきは違うんですか?
石川 直感は好き嫌いという根拠があるけれど、ひらめきにはないんですよ。思いつき、と言ってもいいかもしれません。だから、再現性がないんです。論理の真逆にあるのが「経験」で、大局観の真逆にあるのは「バイアス」です。
—— 思いこみや先入観ですね。
石川 考えるプロは、直感と論理と大局観をうまく使うけれど、考えるのが下手な人はひらめきと経験とバイアスに基づいて考えてるんです。
—— うわあ、わかる。しかしこの構造図すごいですね。これ自体が思考についての大局観だ。
石川 自分がこれから取り組もうとしている仕事は、この3つの領域のどこに位置するのか考えてから始めると、スムーズに考えられるかもしれませんね。これまでのビジネスは、ほとんど中間の「論理」でいけたんです。それは、物事がまだComplexに行きついていなかったから。
—— 早く、大量に、安く作る。そして、欲しがる人がたくさんいたから、そこに向けて売ればよかった。単純だったんですね。
石川 生活の中で不満足な部分がたくさんありましたし、未来というのは新しい技術から発想すれば予想できた時代だったんです。だから、本質とデータを使って物事を論理的に語る大前研一さんの本が、ビジネスパーソンに大ヒットしました。本質とデータをよく見て、問いをつくり、それを解いて、プレゼンテーションする。これが、これまでの仕事。
—— それでも、こういう仕事の仕方をしているのって、いわゆるかなり「デキる」人ですよね。特にデータも基にせず、ひらめきと経験とバイアスで仕事を進めることも多かったりしますし。
石川 そうかもしれません。相当できるひとでも、ほとんどの社員は図の真ん中の「論理」の領域で仕事をしています。論理というのは、要は「カイゼン」ということなんですよね。
—— 問題や課題があって、それをどう解決するか、というところに頭を使うわけですね。
石川 一方、大局観はイノベーションです。構造を発見して、これまでみんなが気づかなかったことをかたちにする。組織の中では、これらが混じっているのがいいんですね。
—— なるほど。
石川 でも、今の世の中では、論理だけでやれる仕事がどんどん少なくなってきていると思います。
—— たしかに、カイゼンすることがなくなってきてしまいましたからね。
石川 昔は暑いとか寒いとかを改善するために商品が作られたけれど、今は取り除くべき不快もなくなって、すべてが満たされてしまった。糸井重里さんが西武百貨店のコピーで「ほしいものが、ほしいわ」と書いたのが1988年。この頃からすでに、物事がComplexになってきていたんでしょうね。この現代で、大局観を使って活躍しているのがビジネスデザイナーの濱口秀司さんです。
すべての事象は、2軸で表現することができる
—— 濱口さんって、USBメモリなどを発案した方ですね。
石川 そうです。大局観が大事である、という話は、濱口さんから教えてもらったんです。濱口さんは、物事を俯瞰してとらえ、構造をつかむのがうまい。たとえば、USBメモリを発案した時も、データの受け渡しという事象を構造化して考えたそうです。
—— どういうことですか?
石川 まずデータ量を横軸にとって、少量のデータと大量のデータに分けて考える。そしてもう1つの軸の立て方がうまかったのですが、彼は、縦軸に「タンジブル」と「インタンジブル」と設定したんです。ネットワークのような触れないものと、物理的に触れるもの。そうしたら、大量のデータをやりとりでき、かつ触れるものがないということに気づいたんです。
—— それでUSBメモリなんですね! おもしろい。それにしてもこのマトリクス、すごいな。
石川 濱口さんを見ていて、「すべての物事は二軸で構造化できる」という確信に至りました(笑)。なぜかというと、おそらく人間の脳は、三次元以上のことを考えられない。だから、物事を構造化するには2軸で十分なのかなと。
—— 二次元なら誰でも理解しやすいです。
石川 大局観を使う時は、注意が必要です。何に注意するかというと、今まで自分が見えていなかった部分、バイアスを構造化できる二軸は何なのか、ということ。この二軸の発見が超重要です。つまり、何を軸に設定するかが問題で、現状を整理するだけのマトリックスになってしまったら意味がないんですよ。
—— ぽっかり空いている部分を発見できるような二軸を設定しなければいけないんですね。そして、その盲点からイノベーションが生まれる。
大局観にたどりつくためのブレストのやりかた
石川 そうです。そして、そこにたどりつくためのブレストのやり方があるんです。これも、濱口さんから教わったんですけど、ブレストを3段階に分けます。レベル1は、アイデアを箇条書きで書き出す。
—— ブレストというと、たいていそれのことを指しますよね。いい悪いを決めずに数を出す。
石川 企画会議などもほとんどアイデア出しで終わりますよね。それでその中からどれがいいかを選んで、なんとなくで決める。でも、大局観を発見するためにはここから先が重要なんです。
—— おおっ、それは知りたいです。
石川 レベル2は視点の発見。良し悪しは判断せずに、出たアイデア1つ1つについて、これはどういう視点から生まれたものなのかを考えるんです。
—— なぜこれを面白いと思ったのか、なぜこれが生まれたのかを考えるわけですね。
石川 そうです。時間を区切って、たとえばレベル1を考える時間を10分、レベル2を考える時間を10分、と区切っていきます。ここではジャッジしないということが重要ですね。質ではなく、量で決めるんです。たとえばレベル1の10分間でアイデアが10個でたら、そこでパーンと切る。そしてレベル2に進んで、じゃあ今度どういう視点なのかを考える。そうすると、面白さの構造がわかってくるんです。
—— なるほど。
石川 そしてレベル3は、この視点がどういう構造から生まれたのかを考える。現代の歴史の中で、これはどういう位置づけなのか、などを考えるわけです。すると、イノベーションにつながるアイデアがなんなのか、ぼんやり見えてくるんです。
—— これ、頭のいい人は意識せずにやっているかもしれませんね。ほぼ日の糸井さんとか、ドワンゴの川上さんとかとお話をしていると、こういう考えかたをされていると感じることがあります。でも、こうやって明示されると、自分でもできるかもしれないという気がしてきますね。そもそも、考えるツールが、直感と論理と大局観にわけられるというのが、すごい発見でした。
石川 こうして整理されると、考えるとはどういうことか、わかってきますよね。もちろん、今回ご紹介したのは「考えるとは何か?」という問いに対する一つの視点にしかすぎません。こういう大事なことはやっぱり自分で考えるのが大事なので、「そもそも自分ってどういうふうに考えているのかな?」と定期的に振り返ると、集中して考えやすくなると思います。
—— なるほど、早速やってみます。本日はどうもありがとうございました!
構成:崎谷実穂
(「集中力編」番外編おわり)