人生をやり直そうと思った経緯
警察官をクビになった当時18歳だった私は
良い意味でも悪い意味でも
「自分はもう死んだも同然」だと考えるようになりました。
子供の頃から憧れていた警察官をクビになってしまったのです。
その衝撃は言葉では言い表すことが出来ません。
これからどう生きれば良いのか?
私には全くわからなくなっていました・・
死にかけの私を励ましてくれた父
ふさぎ込んだ私に父は曽祖父の話をしてくれました。
「天皇陛下にハーモニカを献上した曽祖父」は夢半ばで心が折れてしまい
人生の殆どを家でふさぎ込んで過ごしてしまいました。
🔻天皇陛下のハーモニカを献上した曽祖父の話の記事はコチラです。
曽祖父の話を聞いた私は
(曽祖父と同じことを繰り返してはいけない)
そう思い「もう一度人生をやり直す」事に決めました。
人生のリセットボタン「改名」
私まはず「18年間使った自分の名前を捨てる」ことにしました。
そんな事できるの?と思われるでしょうが
私の場合はかんたんでした。
ちなにみ「名前を変えた」という表現は正しい表現ではありません。
正しくは「戸籍上の名前に戻した」という事になります。
私は生まれてスグ「ちょっと珍しい脳の病気」になってしまい
お医者さんに「死の宣告」をされていました。
🔻病気の事はこちらの記事に詳しく書かれています。
そんな時、両親は前の名前は縁起が悪かったのかも・・・
「名前を変えれば手術が成功するかもしれない」
と考えて私に「通称名」を付けました。
こんな事は何の意味も無いのでしょうが、両親も不安だったのでしょう、
そして手術が成功した私は、
その「通称名」のまま18年間生きていく事になります。
2枚の卒業証書
私は小学校、中学校、高校の卒業証書が2枚づつあります。
戸籍上の名前と通称名の2枚です。
担任の先生が代わるたびに
「なんでオマエの名前はこうなってるんだ?」と聞かれます。
そのたび私は病気の説明をしていた記憶があります。
パスポートは通称名、保険証は戸籍の名前
こんな風に私の名前はずっとゴチャゴチャになっていました。
学校ではB君
パスポートもBという名前
保険証は戸籍名なので病院だけはA君
まぁ殆どは通称名の「B君」として過ごしていましたが・・・。
よくわからないと思われるでしょうが。
個人的には当たり前のことになっていたので
全く違和感は感じませんでした。
あれから一度も18年間名乗ったBの名前を使った事はありません。
もちろん名前を変えるなんて事は何の意味もない話です。
ですが名前を変える事で「今から人生をやりなおしている」
そんな前向きな気持になれる気がしたのです・・・・。
私が考えた「人生をやり直す」方法
私が人生をやり直すために始めたのは
スイミングスクールのアルバイトでした。
なんでだよ!!!と思われるでしょうが、聞いて下さい。
私は人生をやり直す方法を毎日毎日考えていました。
すると、ある日TVから
「子供を育てていると、自分も子供になったような疑似体験が出来るんです。」
という話が耳に入ってきました。
(疑似体験!?これだ!!!!)
私は閃きました。
今から私が幼稚園、小学校と・・・と人生をやり直す事は出来ません。
しかし!
小さな子供と接する事で
幼い頃からの人生を「疑似体験」出来るのではないか?と考えたのです。
私の人生をやり直すヒントはここにあると私は確信したのです!!
今考えると、そう「全て」が狂っていました。
どこから疑似体験をするべきか?
やるなら一番最初からやりなおさなければ・・・・
「赤ちゃん」からやり直すべきだと私は考えました。
私が赤ちゃんと接する事が出来るのは?
そうスイミングスクールです。
しかもスイミングスクールなら
赤ちゃん
幼稚園児
小学生
中学生
社会人
まで幅広いクラスが設けられており
「人生のやりなおし疑似体験」をするには格好の場所に思えました。
私はスイミングスクールのコーチとなり
彼らと接する事で「一から人生を学び直す」事に決めたのです。
そして、それだけの為に約2年間
スイミングスクールのコーチのアルバイトを続けたのです・・・。
こんなに狂っている人間がいるでしょうか?
けっきょく人生をやり直すとはどういう事なのか?
18歳の私が警察官をクビになったのは
「重度のコミュニケーション障害」が原因でした。
人とまともに会話ができなかったのです。
人と話して少しでも緊張すると
「あ・・・・・ああ・ああ・・・」と
千と千尋のカオナシのような状態になってしまいます。
そのせいで上司から「不適格」と判断されてしまったワケです。
私は学生時代ほとんど人と会話した事がありませんでした。
友達や彼女なんかも出来た事がありません!
このコミュ障を直さないと、私の人生は変わらない!
そう思っていました。
なので強制的に喋らなければいけないスイミングスクールのコーチは
「コミュ障」を治すのにも最適な場所に思えたのです。
いざスイミングスクールの面接へ
面接でも私は「コミュ障」の力を遺憾なく発揮しました。
口をぱくぱくさせて、言葉をつまらせて
面接官の人も
「え?なに?」
「もう一回言ってくれる?」
私はさらにパニックになります。
「ああ・・・あの・・・ああ・・・・・・」
もう何を喋っているのかわかりません。
面接官の人もパニックになります。
あげく「大丈夫?体調悪い?」と心配される始末でした。
なぜそんな私をアルバイトとはいえ採用したのかわかりませんが・・・。
おそらく人手不足だったのでしょう。
子供達が持っている不思議な力
無事スイミングスクールのアルバイトコーチとなった私は
まず補助コーチとしてメインコーチの側について研修をはじめました。
私が水泳場に出てくると、
初対面の子供達が私に元気よく
「こんにちわ!!」と挨拶してきます。
わたしはビックリして声が出ません。
「あ・・・ああ・・・」
(子供相手ならコミュ障も出てこないだろう)
とタカをくくっていたのは大きな間違いでした。
最初のクラスの子どもたちは幼稚園くらいだろうか?
みんな私を見ながらニコニコしています。
『純粋無垢』
そんな言葉が頭によぎりました。
メインコーチが
「じゃあみんなビートバン持ってこようか!」と言うと
みんな一斉に立ち上がりビートバンを取りに向います。
すると私の右手に何か暖かく柔らかい感触がしました。
右手を見ると
小さな女の子が私の右手を握っています。
私は凄まじい衝撃を受けました。
(初対面の私に何の警戒心も抱かないのか)
私はそのまま女の子の手をとりビートバン置き場まで連れて行きます。
しかし、こんな風に人に触れられたのは何年ぶりだろうか?
女の子はニコニコ笑っている。
私にもこの子のように何の警戒心もなく、
人の心に飛び込めた時期があったのだろうか?
(またそんな日がくるのだろうか?)
子どもたちはいつも無邪気で楽しそうに笑っています。
そんな子どもたちからは、とてつもないエネルギーと
何といますか・・「希望」のようなモノを感じました。

警察官をクビになってから
うつや不眠症で悩んでいた私も、子どもたちを見ていると
そんな症状が大きく和らいでいくように感じられました・・・・。
子供たちを通じて私に「希望」が伝染したのでしょうか?
疑似体験は成功だったのかもしれません・・・。
ここからもう一度人生をやり直そう
私はそう決意しました。
つづく