このニュースを読んで、泣いてしまった。
〈参考〉「もっと生きたかった」自殺した高校生が遺書 新潟(NHKニュース)
なぜならわたしも、高校生のときにいじめにあっていたからだ。
高校時代にいじめを受けていたことを、このブログで書いたことはない。しかしこのニュースを読んで、いてもたってもいられないような気持ちになり、今回はじめて書きたいと思う。
わたしがいじめを受けた経緯
わたしは県内のいわゆるトップ高に入学した。なかには、「成績のいい子たちの集まる学校にいじめなんてない」と思っている人もいるだろう。
でも実際はそうではない。成績がいい子はやり方が巧妙なので、先生やほかの生徒に分からないようにいじめてくるだけである。
きっかけは高校1年生のとき。理由はいまでも分からないのだが、目立つ男女グループに目をつけられたのだ。
そのなかで首謀核だった男の子と、運悪く高校3年間同じクラスだったので、いじめは高校1年生から3年生まで続いた。
わたしが受けたいじめも、自殺した生徒と同じように言葉によるいじめだった。コソコソと陰口を言われたり、わたしのほうを見て笑われたり。
でも、親に相談したことも、先生に相談したことも、友達に相談したこともなかった。
「気のせい」だと思いたかった。口に出して相談すると、「いじめが現実化」してしまうような気がした。
しかし、いじめは「気のせい」ではないことがわかった。それは、高校2年生のときの体育祭だった。
わたしの高校は、高校2年生の体育祭で、ダンスか製作かを自分で選ぶ。わたしは最初ダンスを選んだのだが、このダンスは男女ペアでおこなうのである。
そのときペアになったのが、いじめグループのなかの1人。その子がわたしとペアになったことが分かると、いじめグループの子たちが、わたしの近くで、ペアになった子に向けてやいのやいの言っているのが聞こえてしまった。
わたしはどうしても耐えられなくて、ダンスのリーダーを務めている女の子に、「やっぱり製作に変えてほしい」とお願いした。
するとその女の子は、すべてを察した顔で「分かった。大丈夫?色々ごめんね」と言ってくれた。この子は目立つ男女グループに入っているので、近くで色々と聞いているんだろうな、と分かった。
製作に変えてもらって、ことなきを得たわけだが、言葉によるいじめはなくならなかった。それに、この体育祭の一件をへて、「いじめは現実である」とわかってしまったのだ。
そこからの1年くらいは、消したい記憶すぎてほとんど覚えていない。
覚えているのは、高校2年生の終わりに、泣きながら母親に打ち明けたことだ。
自分がいじめられている人間だということを、親に知られたくなかった。
「そんなことをしたら、いじめられていることを認めることになるし、なにより母親が悲しむのではないか?」ずっとそう思っていた。
でも、すでに限界を超えていた。それに、この状況を変えるために、どうしても地元の大学には行きたくなかった。
わたしの地元では、わたしの出身高校を卒業して、ある大学に入ることが、一種のステータスみたいになっている。
わたしは成績的にはその大学にいけたし、おばあちゃんや両親もそれを期待していた。
しかし、わたしの高校からその大学には毎年100名くらいが入学する。その大学に行ってしまえば、高校と同じような人種の集まりなのではないか。だからどうしても、そのレールから外れたかった。
母親はそれを理解してくれて、父親に上京することを説得してくれた。
転機は突然おとずれた
高校生活はこのまま終わっていくんだろうと思っていた。でも、転機は突然おとずれた。
それは、高校3年生の文化祭。わたしの高校では3年生のときにクラスで劇をすることになっていて、わたしは「演出」という大事な役目を担うことになってしまった。
天王山の夏といわれる大事な時期に、毎日高校に行かなければいけない役職だったので、誰もやりたがらなかったのだ。実はわたしは高校で演劇部に入っていたので、その役目が回ってきたのである。
役者の多くは、目立つグループの男女。つまり、わたしをいじめている人たちなのだ。
表面上ではなにも言ってこないので、わたしも極めてふつうにふるまった。というより、まともに話したのは高校3年間ではじめてだった。
夏休みのほとんどが演劇の練習で埋まったが、わたしは毎日かかさずに練習に通った。
すると段々、向こうの態度が変わりはじめたのだ。
最初は演技のことしか話していなかったのに、大学受験のことやたわいもない話など、知らないうちに会話が増えていた。
「打ち解ける」ってこういうことなんだな、と肌で感じた。
しばらくして、高校1年生のときから同じクラスで、わたしをいじめていた首謀核の子から、「〇〇さん(わたしの名前)って、こんな人だったんだ。いままでごめんね」と言われた。
本当に、本当に、本当にうれしかったことを、いまでも覚えている。
いじめられる方にも非があるのか?
長々と自分のことを書いてしまったが、ここからは自分がいじめられた経験から思うことを書きたい。
まず、「いじめられる方にも非がある」という意見。これはもう無視していいだろう。
わたしに関して言えば、高校3年生になるまでほとんどまったく話したことがなかったのである。
それなのに勝手に嫌われて、陰口を言われた。
「いじめられる方にも非がある」なら、いったい、わたしのどこに非があったのか?いまだにわからない。
いじめられてよかったこと
いじめを受けるのはつらい。でも、大人になったいま、いじめられてよかったこともあると感じる。
「あのときよりはまし」とがんばれる
その後の人生でも、つらいことはあった。
でもそんなの、いじめをうけたことに比べれば大したことない。
とてもつらいことを経験していると、「あのときよりはましだからがんばろう」と、がんばれる。
このパワーを持っている人は強い。いままでの人生、このパワーに何度も助けられてきた。
人の悪口を言わない
わたしは人の悪口を言わない。なぜなら、悪口を言われることの痛みを分かっているからだ。
悪口を言われるのはとてもつらいことだ。
だからリアルでもネット上でも、絶対に悪口は言わないし、書かない。
そのおかげだと思うが、リアルでもネット上でも、本当に人に恵まれていると感じる。
いじめられている人に伝えたいこと
いまいじめられて、悲しい思いをしている人に、伝えたいことがある。
それは、世界は広いということだ。
いまは「学校」という自分にとって唯一の世界でいじめられているから、つらくてたまらないのだと思う。
だけど、いま中学生なら「高校」があるし、いま高校生なら「大学」がある。
学校だけでなく、会社や、サークルだってある。いまはインターネット上でもつながりが持てる時代だ。
どうしてもつらいなら、いまの世界から離れて、別の世界をさがすのも正解だとわたしは思う。別の道をさがすことは、逃げではなく、自己防衛なのだ。
「人生いつからでも どこからでも やり直しがきく」「だから自分の信じる道を進みなさい」
これは、高校2年生のとき、泣きながら母親にいじめのことを話して、上京したいと相談したときにかけてもらった言葉だ。
わたしはいわゆる「レール」からは外れて、王道とはほど遠いところに来てしまった。でも、まったく後悔はない。
いまは、優しい夫とかわいいこどもに囲まれて、友人にも恵まれ、とてもしあわせな人生を送っている。
高校生のときには、まったく想像もしなかった未来だ。
正直、「人生を終わりにしたい」と思ったこともある。
だけど、あのとき人生を終わりにしていたら、この未来はなかった。終わりにしなくて、本当によかったと思っている。

