「読み終わりたくない」という感覚
大谷ノブ彦(以下、大谷) 本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今回、平野さんと僕とで『生きる理由を探してる人へ』という新書を刊行したので、その記念イベントなんですけど、本のなかで語りきれなかったことをいろいろお話できればと思います。
平野啓一郎(以下、平野) よろしくお願いします。
大谷 で、早速なんですけど『マチネの終わりに』の話していいですか?
平野 『生きる理由を探してる人へ』ではなく(笑)。いいですよ。
大谷 『生きる理由を探してる人へ』もおかげさまでいろいろな方に手にとってもらってるようなんですけど、『マチネの終わりに』の勢いがすごいなと。『 マチネの終わりに』は「40代の恋が切なすぎる」というふうにも話題になっていますが、もともと恋愛小説というつもりで書いたわけではないんですよね?
平野 そうですね。自分自身が40歳になって……40歳というのはひとつの区切りだと感じました。それでまず、40歳になった人間の葛藤を描きたかった。『生きる理由を探してる人へ』にも関係しているんですけど、20〜30代って自分のやりたい仕事やできる仕事が非常に明確だったんですね。でも、40歳くらいになると、自分が作家になる前にしたかったことを大体しつくしちゃってて。
大谷 自分のなかの引き出しがなくなったということですか?
平野 なくなるというのともまた違って、書きたかったことやできることは大体やったなかで、作家として前進するには、これから何をすべきかということをすごく考えるようになったんですよね。これまではある種の切迫したものに突き動かされて吐き出すようにして小説を書いていたんだけど、40歳くらいになると、今後の一作一作を厳選して書いていかないとなという気持ちがわいてきて。でも、それって、ちょっとぼやっとした悩みなんですよね。そのぼやっとした、表現者の悩みを描きたかったんです。
大谷 平野さんのこれまでの作品と比べると特異な作品だなと思う一方、いちばん好きかもしれないと感じました。後半なんか、「終わっちゃうのがいやだな〜」と思って、いったん読むのをやめましたもん(笑)。
平野 ありがとうございます。実は、「ページをめくりたくない」「読み終わりたくない」という感覚はとても大事だと思っています。 数年前くらいの出版業界では「ページをめくる手が止まらない」という表現がすごく使われていたんですよ。
大谷 あー、「読みだしたら止まらない」というような。
平野 もちろんその方向性がすべて悪いというわけじゃないんですけど。あるとき書店に行ったら、そういう文字ばかりが踊っていて、それを忙しい日常の中でまた忙しく読んでるところを想像すると、なんかちょっとこわくなったんですよね。本って、そうやって消費するものだっただろうかと。 自分が昔楽しんでいた作品というのは、もっとじっくり読むようなものだったなと思っていて。それで「ページをめくりたくない小説」という逆説的なコンセプトを据えながら書いたところはあります。「終わってほしくない」と思いながらページを捲るような小説のイメージです。
「恋愛小説は難しい」という時代
大谷 いま、恋愛ものって売れないと聞きます。
平野 あー、わかりますね。
大谷 わかりますか?
平野 SNSなどで感想を読むと、「恋愛小説だと聞いてかまえて読んだけどおもしろかった」というニュアンスのものが多くて。つまり、恋愛ものという情報は昨今の読者にとって、意外とマイナスみたいですね。
大谷 それについては思ってることがあって。いまはSNSのような自己表現の場がたくさんあるから、人ってどんどん自分のことを好きになるんじゃないかなと。でも「恋愛」って、「自分のことを犠牲にして誰かに思いをそそぐ」みたいな側面もあるじゃないですか。たぶん、それが支持されなくなっているんですよね。いまの時代に恋愛小説を書くのは厳しいと思います。
ちなみに平野さん、「逃げ恥」(※)って知ってます? 星野源さんと新垣結衣ちゃんが出てる契約結婚のドラマなんだけど。あれは契約結婚を通して、「恋愛」のことをよく描いているなと思います。まあ、そんな「ブラック・サバス」のTシャツ着ている人は見てない気がするけど。「恋ダンス」とかわからないでしょ?
※ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のこと。原作はマンガ。
平野 わからないですけど、「ブラック・サバス」は関係ないですよ(笑)。
大谷 おもしろいのでぜひ。で、たしかに恋愛もので戦っていくのは厳しいんだけど、そんなふうに自分のことが大切になっている時代だからこそ、他者に思いをめぐらせることのロマンチックさを丁寧に書くのも大切だと思うんです。
平野 やっぱりSNSの普及によって、「会えない間に相手のことを考える」というのがなくなっているんですよね。それでここ数年、「恋愛小説は難しい」というのは出版業界のなかでも言われている。僕も言ってました。
大谷 時代の流れでね。
平野 携帯電話があったらロミオとジュリエットはすれちがわなかったしね。でもみんなが「できない」って言ってるとね、「本当かな」って思っちゃうんですよ。そういう状況だからこそ、感情がすれちがってしまうこともあるんじゃないかと。ひねくれてるからみんなが「こうだ」って言ってるのと反対のほうに行きがちなんですね。 画家の横尾忠則さんとお話したときに、横尾さんも「いつも、みんなと反対の方に行くといい」と言ってました。
大谷 徳川家康も同じこと言ってた! でも、実はそっちのほうがラクな生き方だったりしません? あ、やっと『生きる理由を探してる人へ』の話に戻ってきた(笑)。
平野 そう、ラクなんですよね。べつに戦略的に考えているわけではない。
人生に文学や芸術は必要だ
大谷 性格的にそうなんでしょ?
平野 人がいっぱいいるほうは苦手ですね。
大谷 それって平野作品の全体に見え隠れしている気がしますね。コンサートに行くけど、そこにいる人たちと同じ動きをするのはいやなんでしょう? 平野さんとヴァン・ヘイレンのコンサートに行ったときにちょっと思ったんですよ。
平野 いや、ヴァン・ヘイレンのコンサートの場合、もうそのコンサートに来ているという時点でそこにいる人たちにシンパシーを感じてますよ。あれね、何列目にいるかによって動きも変わるから。前から5列目とかだったら僕もジャンプしたかもしれない(笑)。
大谷 そういえばジミー・ペイジが出たイベントは行きました? 演奏しなかったらしいけど。
平野 行きましたよ。1万8000円出して。
大谷 チケット、1万8000円もしたんですか?
平野 そうなんです。両国国技館だったんですけど、最前列は30万円ですよ。
大谷 えー!
平野 ぼく、どんなに金持ちだとしても出さないですよ。なんか腹立たしいから。
大谷 でも1万8000円は出したんでしょ?
平野 はい(笑)。やっぱりロックというジャンルではとくに、演奏を聞いている間は、社会的な属性とか金持ちかどうかとか関係なく一バンドのファンとして平等になれるのがいいなと思うんですけどね。S席とA席くらいの違いはあっていいんだけれど、やっぱり30万と2万の差があるのは、やり過ぎですよ。音楽を愛してない。コンサートに「格差」 持ち込むな、みたいな。
大谷 格差社会ですねえ。平野さんって、ビートルズのドキュメンタリー観ました? 『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK』。
平野 いや、見てないです。
大谷 すごくいい映画だったんだけど、そのなかでも胸を打たれたのは、ウーピー・ゴールドバーグが「ビートルズは天使だと思った」と話すんですよ。ビートルズが公演に来た当時って、まだアメリカでは黒人差別が根強くて、トイレも別だったんですよね。だから黒人であるウーピー・ゴールドバーグも差別にすごく苦しんでいた。それに対してビートルズは「バカじゃないの? 人をそうやって仕分けるんだったら、僕らライブなんてやらないよ」なんて言ったわけ。差別を断固として拒否したんですね。それが彼女はすごいうれしかったんだよね。黒人が女優になるなんて考えたこともなかったがろう彼女に、そういう感覚を伝えにきてくれたのがビートルズで、だから彼らは天使だったし、今でも彼女のアイドルなんですよ。
平野 やっぱり文学や芸術って、あらゆる差別を超えることができますし、そういったものであるべきですよね。その体験ってすごいと思います。僕は僕で、おかげさまで韓国やフランスといった海外のファンの声をいただくことがありますけど、自分の作品を好きだって言ってくれる人に対して「お前、でも◯◯人だろ」というような気持ちは抱けるわけがない。感動ですよ、それはもう、ものすごい。みんな、いろいろな趣味を持っていて、そういったものへのこだわりや熱があれば、人種とか国籍とかにこだわるのなんてバカバカしくなるんです。
大谷 だからこそ人生に、文学や芸術は必要なんですよね。
この対談は、vol.1・vol.2・vol.3の全3回でお届けします。
vol.2は2016年12月14日公開予定!
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