ぼくがアルバイトで稼いだお金を洋服に突っ込むようになった頃。
およそ3年前は原宿を歩いても、どんな雑誌を読んでも、”モードファッション”が時代の最先端を走っていました。
具体的なブランドを挙げれば、COMME des GARCONSやYohji Yamamotoなど。
パリのコレクションに参加して、日本のみならず世界的に最先端なスタイルを打ち出し続けるブランドたち。
どちらも80年代に登場してからファッション業界に大きな衝撃を与えたブランドで、未だに世界の第一線で活躍し続けています。
2016年の今でも、その事実に変わりはありません。
少し前はそれが街中でも、おしゃれな人たちのリアルクローズとして好まれていた。
しかし、今はどうでしょう。
ファッショニスタのスタイルはそこから離れ、変化を遂げているように見えます。
つまり、多くの人が業界の最先端を行くモードファッションに憧れる時代は終わってしまった。
ぼくにはこのように見えるんです。
”モードファッション”の定義とは
ファッション業界に存在する言葉は、その定義がとにかく曖昧なものが多い。
”モードファッション”も、その内のひとつと言えるでしょう。
これは本来の意味ならば、業界の中で最先端の流行を取り入れたファッションスタイルを指す言葉です。
流行の最先端・・・それはパリで、店頭に並ぶのは1~2年も先になる洋服を披露するコレクション。
ここで数シーズン先に販売される洋服を披露しているブランドが、業界における最先端と捉えられています。
厳密にいえば流行はまた違った所で作られていますが・・・一般的に消費者が目にできる最先端はここ。
この記事でいう”モードファッション”は、パリのコレクションで発表されている最新のファッションスタイルと定義します。
余談ですが・・・”モードファッション”という言葉の意味が曖昧になったのは、それを履き違えてしまった”カラス族”のせいでしょう。
日本人のブランドでパリコレに参加しているのは、先ほども挙げたCOMME des GARCONSやYohji Yamamotoなど。
これらのブランドは初めてパリコレに登場したとき、当時は業界においてタブーとされていた黒い服を作り、賛否両論を受けました。
今となっては、世界中で全身真っ黒な洋服を身にまとった”オールブラック”のファッションが受け入れられています。
過去の常識を壊して、今あるこの常識を作り上げたのは日本のCOMME des GARCONS。
当時は”黒の衝撃”と呼ばれていたそうですね。
それ以降、COMME des GARCONSに影響を受けた日本人は、オールブラック=モードという、盛大な勘違いをしています。
身にまとうその服が何年も前のアイテムでも、それらでオールブラックのコーデを組んでしまえば、それがモードだと。
オールブラックなら全てがモードだと勘違いしているカラス族は、実はそれと遥かに離れたところにいると気付いていない。
これをカモに、ブランド古着屋は”モードファッション特集”と掲げて、さらにその間違った文化を広めていく訳です。
20~30年前に発表されたCOMME des GARCONSの洋服を”ギャルソンヴィンテージ”と名付けて、高い値段で売る。
COMME des GARCONSが作っている洋服は20年前のアイテムでも未だに新しいデザインですが・・・少し憤りを感じる商売ですね。
モードファッションに憧れを抱く人は確実に減った
この記事で使う”モードファッション”という言葉は、”パリのコレクションで発表されている最新のスタイル”に定義しました。
日本のCOMME des GARCONSやYohji Yamamotoは世界的に支持されているからこそ、未だに流行の第一線を走っています。
ですが、それも少し失速しているように見える。
パリでコレクションを発表し続けていても、それをリアルクローズとして着ている人を街中で見なくなった気がしているんですよね。
ぼくの近くでも、ギャルソン教やヨウジ教は減ったように思います。
そして、今の時代においては服好きが憧れを抱く場所はもはや、パリコレだけではなくなってしまった。
パリよりも身近な場所で起こっている流行がリアルクローズに落とし込まれて、また新たな時代を生み出しているんです。
つまりパリで発表されるモードファッションに憧れを抱く人は確実に減ってしまった。
”モード”とはまた違った何かが、新しいファッションスタイルを生み出しているんですよね。
モードとは違う、前衛的なファッションが時代を取り巻いている
SAINT LAURENTやDior HOMMEなど、かなり細身な服を作るブランドの影響で一気に広まった”スキニーパンツ”
それまでストレートのパンツが一般的で、ピッタリしたシルエットのパンツは気持ち悪いというのが常識でした。
その常識を壊したのが当時Dior HOMMEでデザイナーをしていた、エディ・スリマン。
衝撃的なまでに細身のジーンズを披露し、それは社会現象を巻き起こすほどのブームとなりました。
以降、多くのブランドが細身のスキニーパンツを発表し、しばらく経った今ではそれがカジュアルな洋服の定番となった訳です。
これ以降はパリコレに登場したアイテムが爆発的に流行して、カジュアルな層にまで落とし込まれた例がないんですよね。
この事実を見ても、パリコレが多大な影響力を持たなくなってきたことを感じます。
むしろ、少し前から流行りだしている、スキニーパンツとは正反対のシルエットをした”ワイドパンツ”
これは細身のパンツをベースにしたコレクションを発表し続けるパリコレとは違うところから生まれているんです。
スキニーパンツをベースにコーディネート組むという、近代の常識を疑って壊したのは間違いなく日本の小さなブランドたち。
国内に限った話になりますが、これらが今のファッショニスタにパリコレ以外で影響を与えている新たな存在です。
ワイドパンツの流行は、言ってしまえば”ボトムアップ型”
少し前から、パリコレに登場するブランドもワイドパンツを積極的に取り入れたコレクションを発表しています。
これを見て「パリコレにワイドパンツが登場したから、これから流行するぞ」というのは正直、見当違い。
そんなことを言っても、Yohji Yamamotoなんて80年代から、ほとんどワイドパンツしか作っていませんからね。
パリでワイドパンツが話題になるずっと前から、日本のファッショニスタはそれを使ってファッションを楽しんでいました。
それを使ったスタイルを発信し続けていたのは、東京を中心に活動を続ける日本の小さなブランドたち。
モードとはまた違った、リアルクローズとして取り入れやすくも、やや前衛的なコレクションを発表し続けているブランドです。
具体的なブランドを挙げるなら・・・Dulcamaraやbukht、my beautiful landletなど。
一般的な知名度は低いものの、服好きからは強烈な支持を受けているごく少数のブランドによるムーブメントが起こり続けている。
それがワイドパンツの流行により、初めて目に見える形になったんです。
近年パリコレに出ているブランドがワイドパンツを取り入れるのは、東京のブランドによるムーブメントを真似ているから。
言うなれば、ワイドパンツの流行は”ボトムアップ型”で採用されたようなもの。
パリコレのブランドと東京のブランドに上下関係を作るような例えになってしまいますが、分かりやすく伝えるならそういうことです。
日本のファッションは世界的に大きな影響力を持っていることを感じられますね。
モードファッションが崇高な時代は終わった
遠く離れたパリで行われるコレクション。そこに登場する服が店頭に並ぶのは1年~2年以上も先のこと。
そんな遠く離れた”モード”よりも、日本のファッショニスタたちは今、もっと身近なブランドに影響を受けています。
日本の小さなブランドの場合、コレクションで発表された服はおおよそ半年~1年以内に店頭へ並ぶでしょう。
それをファッショニスタがリアルクローズとして取り入れる。
今の日本におけるファッションの流行はパリコレではなく、そんな人たちが街中で起こすムーブメントから生まれています。
実際にあなたもパリコレより、身近な人や雑誌のモデルを見て「あの人みたいになりたい」と憧れを抱くことと思います。
今の日本において流行はパリコレではなく、ファッショニスタのスタイルを着火剤に起こるもの。
多くの人が憧れる対象となるファッショニスタも、1~2年待たないと手に入らない、パリコレで発表された服はもう着ない。
東京の小さなブランドと、それを手にしたファッショニスタが流行のムーブメントを起こしているんですよね。
こんな時代になったのも、SNSの普及により個人や小さな団体でも影響力を持てる時代になったからでしょう。
もはやパリで発表されるモードファッションに憧れを抱く時代は終わったんですよ。
流行は今まで以上に短く、そして速いスピードで回っていく。
商品の企画から店頭に並ぶまでのスピードが速いファストブランドの服が売れるのも、これが関係しているんじゃないでしょうか。
不景気で服が売れないこともあり、世界的に見ても厳しい状況のファッション業界。
その流れを変えたいのなら、まずはパリコレにおいて何らかの変化を起こすことは必要不可欠になる。
パリコレに出ているブランドでさえ、ブランド力だけでは一部のマニアにしか服を売れなくなる時代はすぐそこに迫っています。
SNSの普及により、流行は東京の小さなブランドや、それを身にまとったファッショニスタから生まれる。
ブランド力よりも、影響力という権威によって服が売れる時代になったんですよね。