「狐の嫁入り」という言葉がある。
晴れているのに雨が降る様、いわゆる「天気雨」を表すのに用いられる言葉だ。
言葉の由来は様々らしいが、わたしが祖母から聞いた内容は、
「お嫁に行く狐の御輿が山を登る際、その行列が人目に触れぬよう雨を降らせて下を向かせる」というものだった。
自然界に対する敬意が感じられつつ、ただの天気ひとつにこんなバックストーリーをつけてしまうところなど、古人の情緒の豊かさには感心させられざるおえない。
数年前のことだったと思う、京都観光に訪れたアメリカ人を伏見稲荷大社に案内する機会があった。朱の千本鳥居で有名なあの社には、言うまでもなく狐が神様として祭られている。
偶然にもわたし達が丁度本殿のお参りを済ませた正にその時、快晴の空から雨が降ってきたのだ。
おお、これはきっとお稲荷さんのご親戚かお友達かそれともご近所の狐さんが、ご本殿の裏山で結婚式を挙げるためこれから御輿にお乗りになって出発なさるのではないか。なんとおめでたい縁起の良い日に来たものだ。そう思ったわたしは先程の「狐の嫁入り」の言い伝えをアメリカ人に説明し、今日わたしたちは大変にラッキーなんだと伝えた。
するとアメリカ人は大変に喜び、お参りを終えたばかりの本殿に突然踵を返し、周囲が驚くほど大きな声で、
「Woooooooh !!!」
ふぉ~ぅ、ふぉ~ぅ、ふぉ~ぅ. . .
アメリカ人の祝福の遠吠えが社全体に響き渡った。
これにはお狐さんの行列もさぞビックリしたことだろう、ひょっとお嫁の狐さんなどはずみで御輿から落ちたのではないか。
するとそのアメリカ人は満足げな表情でわたしにこう聞いた。
「なぜキツネはそんなハッピーなこと隠そうとするの?」
なるほど確かにそうだ、幸せなお祝い事なのだからもっと堂々と公表すれば良いのではないか。Facebookのタイムラインにアップすれば世界中が「いいね!」を連打するし、Twitterに「御輿なう」とかツイートすればリツイートされまくるだろう。なぜ狐はこっそり結婚式を挙げるのだろうか。これはアメリカ人の疑問に納得だ。
一部の地域によっては、「狐の嫁入りを見た者は命を取られる」という言い伝えまであるそうだ。なんと身勝手な話だろうか。勝手に結婚式を挙げておきながらそれを見たら命を取るとは、これはもう通り魔と呼んでも良いのではないか。
ちなみにそのアメリカ人が帰国までに憶えた日本語は、
「キツネ」
「アリガトウ」
「ゴチソウサマ」
の3つだったのだが、続けて読むとなかなか面白い。狐の結婚式に飛び入り参加して、たらふく食って帰ってきたストーリーを思い描いてしまう。陽気なアメリカ人の登場にさぞ式も盛り上がったことだろう。
あの日神輿から落ちた狐のお嫁さんは幸せに暮らしているだろうか。
今日、冬の青空に雨が舞った。
ごはん一合