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聖地 甲子園のグラウンドに女子部員が立つ

甲子園球場で行われる高校野球の全国大会、春と夏の甲子園。これまで女子部員は練習を含めてグラウンドに出ることはできませんでした。しかし、高野連=日本高校野球連盟は、11月、ヘルメットをかぶるなどの安全対策を十分行えば、大会前の「甲子園練習」に女子部員が一部参加することを認める決定をしました。長年閉ざされてきた甲子園球場での女子部員の練習参加。今回の決定の背景にはどのような議論があったのでしょうか。(大阪局スポーツ 深川亮司記者)

女子部員がグラウンドに!

高校野球の全国大会が始まって101年目のことしの夏の甲子園。大会前に代表校が甲子園球場の大きさやグラウンドの感触を確かめる30分間の「甲子園練習」で、ある事態が起きました。 大分の代表校・大分高校の女子部員(マネージャー)がユニフォーム姿でホームベース付近でノックのボール渡しを行い、大会関係者に制止されたのです。

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甲子園での試合や試合前の練習などの注意事項をまとめた手引きでは、練習で補助する部員は男子に限ると記されていますが、大分高校側は「甲子園練習」について具体的な記述はなかったため、女子部員を練習に参加させたと説明しました。
しかし、高野連や大会本部はこうした規定は「甲子園練習」でも適用されるという認識で、何より、硬式のボールが速いスピードで飛び交うグラウンドに女子部員が入ることは危険で安全確保のためという判断でした。

こうした判断に対し「なぜ女子はだめなのか」、「時代遅れだ」といった抗議の電話が高野連に寄せられ、インターネット上でも批判の声が上がりました。

当初は慎重な意見優勢

こうした声を受け、高野連では女子部員の練習参加についての議論が始まりました。最初の議論は8月13日。監督経験者からは、グラウンドでノックの補助をしていた女子部員の顔にボールが当たって骨折した事故を実際に目撃したことが報告されました。また、男子の大会なのに、なぜ女子が練習に参加するのかという疑問や、体力が違う男子と女子を同じ場所に立たせることの危険性を指摘する声も上がり、反対の意見がほとんどでした。

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私も監督経験者から直接話を聞きましたが、「ノックのとき、とくにホームベース付近は打球と野手からの送球が飛び交う。補助役の部員には、『ボールが当たらないことを第一に考えろ』と、口を酸っぱくして言っていた。そこに女子部員がいるなんて、現場の感覚からしたらとんでもない」という意見が返ってきました。
また、高野連関係者からは「一時の感情論に流されるのではなく、4000余りの加盟校の安全を守ることを考えなければ」という声も聞いていたことから、私はこの時点では、女子部員の練習参加は見送られるか、継続的な議題として扱うものと感じていました。

現場の実情 女子の参加も

ただ、高校野球の現場では100人を超える部員を抱える学校がある一方、少子化や野球離れなどからマネージャーなどの女子部員の力を借りないと練習ができない学校もあるのが実情です。

取材を進めると、公式戦の試合前練習で女子部員による練習補助を認めている県もあることがわかってきました。
例えば山形県や岐阜県では男子部員が足りないときに限り認められています。また、兵庫県では「練習を一緒に積んできた女子部員の気持ちに応えたい」という教育的な配慮から、認めています。

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女子の練習参加が現実に

こうしたことを背景に、高野連の議論に変化が見られてきました。9月28日の議論では、安全対策を講じたうえならば練習参加を認めてもいいのではという意見が増えたうえ、大会前の「甲子園練習」と、試合前の練習を分けて考えてはどうかという提案も出されました。
「甲子園練習」は30分間で、試合前練習の7分間より長く、人数も甲子園練習には35人が参加できるため、女子部員も活動できる可能性があるのではないかというものでした。 また高野連関係者からは「内野に比べてボールが飛び交うことが少ない外野で補助をする案もある」という話も聞き、「流れが変わる」と感じた瞬間でした。

その後も議論は続きましたが、結局、高野連は11月25日の理事会で、「甲子園練習」での女子部員の練習参加を一部認める決定をしました。
ヘルメットをかぶるなど安全対策をとったうえで、ファウルゾーンの人工芝部分から外野ノックのボール渡しや、ベンチ前での用具整理などが認められました。また、男子部員と区別するため、服装はユニフォームではなく、体操服かジャージを着ることとしています。
一部の練習参加にとどまりますが、女子部員が甲子園球場のグラウンドに立てるようになる、初めての決定でした。

高野連の竹中雅彦事務局長は「女子部員は今の高校野球にとっては大きな戦力になっている。その思いにも報いるため、最大限安全対策をとったうえで練習の参加を認めることにした」と話しています。早ければ来年春のセンバツ大会から実施される見通しです。

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安全を考える契機にも

男子中心の甲子園という舞台に女子が参加できる部分が増えるという今回の決定は、男女平等という時代の流れから見ても意義があり、100年を超える高校野球の全国大会のなかではインパクトの大きい出来事だったと思います。

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一方で、今回の議論は学校スポーツの現場における安全について改めて考えるきっかけにしていく必要があります。

昨年度、高校の部活動の事故で医療費が給付された件数は、部員数の違いもあって単純に比較はできませんが、軟式を含めた野球では2万2000件を超え、サッカー、バスケットボールに次いで3番目に多くなっています。事故が多い競技であることは否めません。

部活動などの事故について研究している名古屋大学大学院の内田良准教授は「単に危険だから参加する、しないという二分法でなく、もし安全にできるなら、どのような対策をどの程度まですればよいのか、安全対策ができているかどうかの問題で考えるべきで、男女の性差でとらえるべきではない。甲子園を1つの象徴にしてほかの部活動も含めた安全確保をめぐる議論にしていく必要がある」と話しています。

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甲子園をはじめ、スポーツのひのき舞台で安心して男子も女子も活躍できる環境づくりを期待したいと思います。

深川亮司
大阪局
深川亮司 記者