津波警報が発令され学校に避難してきた人たち=福島県いわき市で2016年11月22日午前8時45分、本社ヘリから宮間俊樹撮影
22日早朝、東北地方を強い地震と津波が襲った。2011年3月の東日本大震災で大きな被害を受けた福島県や宮城県など沿岸部では、高台や避難所に逃れる住民が相次いだ。不安そうな表情で津波の到達を知らせるニュースを見守る人や、津波が来たらすぐに逃げられるようにと車中で待機する人たちもいた。また、学校の臨時休校や交通機関の乱れも相次いだ。
福島
福島県沿岸部では公共施設や高台に多数の住民らが避難した。
南相馬市原町区の「ひがし生涯学習センター」には住民ら約80人が避難。同区上渋佐の会社員、中川幸子さん(60)は「自宅は東日本大震災の津波で多くの犠牲者を出した老人ホームの真向かい。津波警報が出たのを知り『逃げないといけない』と、慌てて車に乗った」と話した。同市原町区萱浜(かいばま)の主婦、田部篤子さん(62)の自宅も大震災で多くの犠牲者が出た地区。「揺れで跳び起き、財布と携帯電話と充電器だけを持ってすぐに避難した」
「安全を最優先してください」。原発事故で一時全町民が避難した福島県広野町の町立広野中は早朝、全生徒にメールで指示。同県では、沿岸部のいわき市を中心に小中学校61、高校24が臨時休校を決めた。
福島県などによると、県内では午前9時半現在、3119人が公民館など59カ所に避難したほか、付近の道路には一時約350台の車が待機。うち南相馬市は市内5カ所の避難所に約250人が避難し、高台の公園などにも約70人が逃れた。
地震によるけが人も出た。いわき市では60代女性がベッドから落ちて軽傷、20代の女性が過呼吸でそれぞれ病院に搬送されたが命に別条はない。
宮城
宮城県石巻市中心部の日和山公園では、避難した人々が不安げに海を見つめた。家族3人で石巻市を旅行中の岩手県滝沢市の工藤雅子さん(40)は、「知らない土地なので早く逃げないと怖いと思って来た」と5歳の長女の手を握りしめた。
午前7時40分ごろ、石巻市で津波観測との情報がラジオから流れ、近くに住む男性(68)は「津波は高くなるかもしれない」と心配そうな表情。東日本大震災時、避難所などで7カ月余り生活したといい、「あの時を思い出す」と話した。
同8時すぎ、石巻市に津波警報が発令されると、避難者は数十人に。震災で多くの犠牲者が出た門脇地区の民生委員、平塚やい子さん(72)は、携帯電話で知り合いに「警報が出たからすぐ逃げて」と呼びかけた。平塚さんは「避難を呼びかけながら来たが、足の悪いお年寄りもいるから心配」と話した。
岩手
岩手県宮古市日立浜町の高台にある浄土ケ浜第1駐車場は、避難してきた住民の約100台の車で埋まった。妻と一緒に逃げてきた男性(69)は「震災で流された自宅を元の場所の近くに再建し、3日前に仮設住宅から引っ越して来たばかり」と声を震わせた。【大塚卓也、百武信幸、鬼山親芳】
水位急上昇 「退避」叫び
千葉
東日本大震災の津波で死者・行方不明者計16人の被害が出た千葉県旭市。太平洋に面した刑部(ぎょうぶ)岬近くの高さ約60メートルの高台に約20人が避難し、海の様子を見守った。
同市飯岡の漁業、松浦保彦さん(60)は「震災で家が流され、船も破損した。注意報が解除されるまではここにいる」と心配そう。親戚7人で避難した同市飯岡の無職、関野輝子さん(70)は「テレビで注意報を知り、連絡を取り合って車2台で来た。早く収まってほしい」と願った。海岸から約4キロに住む男性会社員(40)は「震災時もここに避難した。津波が港に押し寄せたことを思い出す」と話した。
茨城
茨城県日立市の河原子漁港では午前6時50分ごろ、海水が徐々に引き始めた。4分後、急に港内の水位が数十センチ上昇。警戒中の消防署員が「退避」と叫び、避難した。津波は岸壁をわずかに越えたが被害はなかった。同市河原子町の漁師、石川彰さん(78)は、震災の津波で漁船が岸壁に打ち上げられたという。近くの2階建ての漁協事務室に避難し「漁船は息子が沖合に避難させた」と心配そうに海を見つめた。
北茨城市は1万3436人に避難指示を発令。避難所の市民体育館に一時、約50人が避難した。市職員が乾パンや水、毛布などを配布した。70代女性は「大きく揺れたのはしばらくなかったので驚いた。地震も津波も怖い」と心配そう。震災の教訓から車に着替えなどを常備しており「冷静に対応できた」とも話した。【近藤卓資、佐藤則夫、川崎健】