ニュース画像

WEB
特集
連載
マタニティマーク
警鐘鳴らす専門家

ピンクのハートの中に、お母さんと赤ちゃんのイラストが描かれたマタニティマークが作られてことしで10年。今、妊娠中の女性たちから、「マタニティマークをつけづらい」という声が上がっています。なぜマークをつけづらい社会になっているのか、シリーズでお伝えしています。
3回目の今回は、マタニティマークをつけづらいという現状に対して警鐘を鳴らしている専門家の意見と、NHKのニュースポストなどに寄せられた声をお伝えします。

マークに対し 厳しい意見も

マタニティマークをつけると嫌がらせにあうという情報が、インターネット上にはたくさん書き込まれています。情報の真偽がわからない中でも、いま多くの女性たちから「マタニティマークをつけづらい」という声があがっています。こうした状況についてNHKの情報投稿窓口「ニュースポスト」にはさまざまな投稿が寄せられました。

ニュース画像

「私は持病があり、短時間の非正規で働いています。帰宅時にはとても気分が悪い時があります。電車通勤の席が空いていないと立たなくてはなりません。そんな人はたくさんいると思います。妊婦の方たちだけがなぜ(マタニティマークをつけて)主張をするのでしょうか?」。
別の方からは「みんな電車は座りたいものです。疲れている人が多いです。堂々と席を譲りなさい的にマタニティマークなどを示すのはどうなのか?と思います」。

このようにマタニティマークに対して厳しい意見もいただきました。

“感情論でない”医師からの警告

一方、産婦人科の医師たちは、マタニティマークの必要性を訴えています。横浜市にあるクリニックの産婦人科医・善方裕美さんに話を聞きました。
善方さんは「妊婦だから配慮してほしいという感情論とは違う。特に妊娠の初期にはマタニティマークをつける医学的な理由があることを妊婦さんも周囲も知ってほしい」と訴えています。
善方さんが、妊娠中の女性やその夫を対象にした両親学級で話をしているのは、妊娠してすぐに出てくる「つわり」の症状の怖さです。吐き気や頭痛、体のだるさなどが見られ、症状が重い場合には食事や水分が取れずに入院して点滴を受けなければならない場合もあります。まだおなかが目立たず、周囲が妊娠していると気付かない時期が、妊婦にとってつらく危険な時期なのです。
さらに善方さんが注意を呼びかけていたのが、血圧の低下による「めまい」や「立ちくらみ」の症状が起きやすくなっていること。妊娠中は、胎内の赤ちゃんを育てるために血液がおなかに集まります。電車などで立ち続けていると、さらに重力の影響もあって、脳に十分な血液が送られにくくなることがあるのです。そして頭の血圧が下がり「起立性低血圧」という状態になると気分が悪くなったり倒れてしまったりすることがあります。

ニュース画像

NHKが妊娠中の女性たちなどおよそ70人に聞いたアンケート調査でも、妊娠中に電車やバスなどに乗る際に「つわりで人混みやにおいなど、今まで気にならなかったことがとてもつらく感じた」などつわりの時期の大変さについて多くの記入がありました。中には「電車に乗って気を失いかけることが続いた」「実際に意識を失ったこともある」など起立性低血圧によって危険な状態になったという人もいました。

善方さんは「妊娠初期はおなかも目立たないため、周囲からは大変さがわからない。長く立ち続けていると頭の血圧が下がり、気を失って倒れてしまうおそれもある。もしそれで頭やおなかを打ってしまったら、妊婦さんやおなかの中の赤ちゃんが危険になる」と話し、妊娠初期の体を守る重要性を訴えています。
そして、マタニティマークについて「医学的に見ると、妊娠初期は危険と隣り合わせで命を守っている時期。マタニティマークは命を守るためのマークであることを、妊婦さんも周囲の人たちももっと知ってほしい」と、話しています。

ニュース画像

また、いただいたご意見の中には「つわりや体調不良でつらくなったらその場で座り込んでしまう勇気も必要だと思います。大抵の人は手を差し伸べてくれると思います」といったものもありました。

マタニティマーク“つけにくい”の背景には

マタニティマークがつけにくいという声が広がる背景には、ネットなどの情報だけでなく、社会の変化も大きいと子育て世代の支援に詳しい玉川大学大学院の大豆生田啓友教授は言います。大豆生田教授は、「核家族化が進んだ上、少子化もあり、子育てというものに触れる機会が少なくなっている。妊娠中や子育て中の人たちがどんな思いをして何に困っているのか、想像することが難しくなっているように思う」と見ています。自分にとって身近でないことは相手の気持ちに立って考えにくい。このためマタニティマークを見ても、妊娠中の体を気遣うよりも席を譲ってくれというメッセージのように感じ取ってしまうのではないかという指摘でした。
さらに、子育て世代はベビーカーに子どもを乗せて電車やバスに乗ることが議論になったりするなど、子育てに関する厳しい意見があるという情報にもふだんから接しています。こうしたことの影響で周囲の目を過剰に気にしているケースも見られるということです。
大豆生田教授は「マタニティマークをつけている人に何かしてあげたいと思っても、なかなか声をかけにくいという人も多いと思う。妊娠中や子育て中の人はマイナスの情報ばかりを見過ぎないほうがいい」と話しています。
そのうえで「妊娠中や子育て中の人にちょっとしたことでもいいから声をかけることが当たり前の社会になってほしい。社会全体で子育てをする仕組み作りがとても重要になってくると思う」と話しています。

ニュース画像

不妊治療経験 “マークがうらやましかった”

また、いただいた投稿からは、マタニティマークに対する複雑な思いも読み取れました。

「実際に私自身が不妊治療をしていた時期、このマークを見ると自慢されているような気がした」という意見。
一方、「現在、第3子を妊娠中です。マタニティマークをもらったときはすぐに身につけようと思っていましたが、職場の先輩から『妊娠を自慢しているように思われるよ。子どもができない人がそのマークを見たら不愉快になるよ』と言われてつけるのをやめました。自慢しているつもりはありませんでしたが・・・」など、マークを見た人の気持ちを考えてつけるのをやめたという意見も複数ありました。

ニュース画像

安心して子どもを産み育てられる環境を作ろうという目的で作られたマタニティマークですが、見る人によって複雑な意味を持ってしまっている現実もありました。しかし、産婦人科の医師の善方さんが訴えているように、妊娠中の女性は体調を崩しやすい、倒れやすいなどのリスクがあります。特にそのリスクが高いのに見た目では分からない妊娠初期こそ、マタニティマークをつけて周囲に妊娠中だと気付いてもらうことは医学的にも必要なことです。マークに対してさまざまな受け止め方がありますが、命を守るためにも大切なマークだということをもっと知ってほしいと思いました。
次回は、これまでいただいたご意見を詳しく紹介するほか、見た目ではわからない障害がある人などがつけている、さまざまなマークについてもお伝えします。
(次回は27日に掲載します。)

  • ニュース画像

    NHKの情報投稿窓口「ニュースポスト」
    マタニティマークに関する体験やご意見をお寄せください。

飯田暁子
報道局
飯田 暁子 記者