説得力を失ったヒットチャートを復活させる方法

オリコンランキングから流行が見えづらくなった時代に、ビルボードは「複合チャート」をもって対応しようとしています。その設計思想とはどんなものなのでしょうか?
音楽ジャーナリスト・柴那典さんがその実情と未来への指針を解き明かす新刊『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)。11月15日の発売に先駆け、その内容を特別先行掲載します(平日毎日更新)。

ビルボードが「複合チャート」にこだわる理由

 一方、オリコンとは全く違った形で、今の時代に対応したヒットチャートを打ち出しているのがビルボードだ。

 ビルボードはCDの売り上げだけではなく様々な指標を合算した複合チャートとして「ジャパンHot 100」を発表している。アメリカで最も権威あるヒットチャートと言われる「Hot 100」の日本版だ。

 100年以上の歴史を持ち、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、マイケル・ジャクソンからジャスティン・ビーバーまで数々の「全米1位」を報じてきたビルボード。
 日本では2006年に株式会社阪神コンテンツリンクがそのライセンス契約を取得し「ビルボード・ジャパン」を開設、2008年に「ジャパンHot 100」をスタートさせた。当時からチャート・ディレクターを務める同社の礒崎誠二は、そのチャート設計思想を次のように語る。

 「アメリカの『Hot 100』は、設立当初から複合チャートとして作られているものなんです。1958年に始まった時は、レコードの売り上げ、ラジオのオンエア回数、ジュークボックスの再生回数を合算したチャートでした。その後も、時代に応じてさまざまな指標を取り入れたり、外したりしてきた。

 つまり、『ジャパンHot 100』を名乗るためには、各種データを合算した複合チャートでなければならないというルールがあったのです。『Hot 100』は、シングルのセールスランキングではなく、あくまで楽曲の複合型ヒットチャートという発想で作っているランキングなんですね」

 当初はCDのセールス枚数とラジオのオンエア回数を合算することから始まった「ジャパンHot 100」は、その後2010年にEC(電子商取引)サイトの実売数とiTunesのダウンロード販売数を加えて「パッケージ・エアプレイ・デジタル」の3指標によるチャートにリニューアルし、2013年には、ツイッターでのアーティスト名・楽曲名のツイート回数、ルックアップ(PCによるCD読み込み)回数をチャート指標に加えた。

 「僕らはツイッターのデータから『楽曲がどれくらい話題になっているのか』を測っています。その回数から、レコード会社やメディアやアーティスト、そしてユーザー自身による発信がどのようにリアクションを集めているかを測定することができる。

 ルックアップは、購入だけでなくレンタルや友達との貸し借りも含めて、CDを入手した人が実際にそれをPCに読み込ませた回数がわかる。ユーザーのアクティビティが見えてくるのです」

 さらに2015年にはYouTubeのミュージックビデオ再生回数(2016年よりGYAO!のデータも追加)、歌詞表示回数から推定したストリーミングサービス再生回数を加え、計7種類のデータを独自の係数で集計した「総合ヒットチャート」となった。

 「今の時代、動画サイトでミュージックビデオを観るというのは、音楽に接触する主な方法の一つになっています。なので、その再生回数のデータを合算するのはとても有効なことでした」

 ちなみに、本国アメリカの「Hot 100」と日本では、使用されているデータはかなり違う。アメリカではスポティファイやアップル・ミュージックなどのストリーミングサービスの再生回数がかなりの割合で加味されている。

 では、なぜビルボードはチャートのリニューアルを繰り返してきたのか。指標に用いるデータはどんな判断で加えているのか。礒崎はこう続ける。

 「ビルボードの考え方はあくまでリスナー目線です。リスナーが音楽にどういう形で接触しているのかを数値化したデータを様々な方面から集めて作っています。今はパッケージのセールスだけでは説得力のあるヒットチャートを作るのは難しい時代だと思うんですね。開始してからも、そこを補完するために有効なデータを加えていくことでリニューアルを繰り返してきました」

 一人ひとりのリスナーが、どのように楽曲を知って、どう購入するのか。それを計測することでヒットの動向が見えてくる。
 音楽の聴かれ方が時代によって変わるのは当たり前だとし、その変化に応じて常にデータをアップデートするのがビルボードの考え方だ。

(Billboard Japan Hot 100より)

「ヒット」と「売れる」は違う

 第一章で小室哲哉は「ヒットが『枚数』から『指数』になった」と語っていた。その言葉を当てはめるならば、あくまで「枚数」の正確さにこだわるのがオリコン、そして多種多様のデータを用いて説得力のある「指数」を編み出しているのがビルボードだと言える。

 ただ、様々な指標を合算した「総合チャート」という考え方自体は、日本においても決して新しいものではない。
 かつて最も影響力を持った総合チャートは、70〜80年代の人気音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)のランキングだろう。同番組は、レコード売り上げ、有線放送へのリクエスト、ラジオへのリクエスト、番組に寄せられたはがきのリクエストを合わせて独自の係数で換算したポイント制で毎週TOP10を発表していた。

 それゆえに、当時から『ザ・ベストテン』の1位はレコード売り上げの1位と必ずしも一致するものではなかった。田原俊彦「抱きしめてTONIGHT」など、番組で長期にわたって首位を獲得し一世を風靡した楽曲であっても、実際にはレコード売り上げの1位を獲得していなかった例は多い。

 しかし、番組が終了し、歌謡曲の時代からJ-POPの時代に移り変わると、日本においては大きな影響力を持つ総合チャートがなくなっていく。相対的にオリコンランキングの存在感が増し、CDの売り上げ枚数で1位となることが大きな意味を持つようになっていった。
 1993年に放映開始したランキング番組『COUNT DOWN TV』(TBS系)が発表しているランキングも、基本的にはシングルCDの売り上げ枚数を重視したものだ。

 00年代に入った後もその傾向は続いている。CDマーケットが縮小していく中で「着うたランキング」など新しい市場に対応したランキングを作る動きはあったが、様々な指標を合算した総合チャートの認知が広がることはなかった。

 「日本で長らく認知されてきたヒットチャートは『所有』のチャートなんですね」

 礒崎はこう指摘する。

 ビルボードがチャートに取り込む指標には「接触と所有のミックス」というコンセプトがあるのだという。ラジオでのオンエアやYouTubeでの視聴が音楽への「接触」、パッケージやデジタルのセールスが音楽の「所有」を意味する。
 一見、別の指標に思えるが、チャートの動きを深く読み込むと「接触」と「所有」が互いに連動していることがわかる。

 一方、CDの売り上げランキングは「所有」のみを計測したチャートだ。

 「『ヒットしている』という言葉と『売れている』という言葉は、日本では同じような意味で受け取られている傾向がある。ところが、アメリカでは、そもそも『ヒットしている』と『売れている』はイコールではないんです」

 たしかに英語の意味を調べてみても「ヒット」という言葉に「売れている」という説明はない。語義的には興行などが「人気を博している様子」を示す言葉だと説明されている。もちろん結果としてヒットは売れ行きの数字には結びつく。
 しかし、書籍など複製物の売り上げが大きいことを示す言葉としては「ベストセラー」のほうが適当だろう。

 ヒットチャートについて考えていくと、そもそも「ヒットとは何か?」という大きな問いに突き当たる。
 そして「ヒット」と「売れる」という二つの言葉が、似たようでいて実は違う意味を持つことは、その内実を考える上でとても示唆的な事実だ。

次回「ヒットチャートの有効性を測る目安」は明日更新!


『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)刊行記念
柴那典さん×ジェイ・コウガミさん対談イベント「テクノロジーは音楽をどう変えたのか?」

開催日時:2016年11月15日(火)19:30スタート
開催場所:スマートニュース イベントスペース(渋谷)
出演者:柴那典(音楽ジャーナリスト)、ジェイ・コウガミ(デジタル音楽ジャーナリスト)
イベントページ:http://peatix.com/event/211745/

この連載について

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ヒットの崩壊

柴那典

「心のベストテン」でもおなじみ音楽ジャーナリスト・柴那典さん。新刊『ヒットの崩壊』では、アーティスト、プロデューサー、ヒットチャート、レーベル、プロダクション、テレビ、カラオケ……あらゆる角度から「激変する音楽業界」と「新しいヒットの...もっと読む

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コメント

konno108 『あくまで「枚数」の正確さにこだわるのがオリコン、そして多種多様のデータを用いて説得力のある「指数」を編み出しているのがビルボード』 37分前 replyretweetfavorite

sanmarucake ビルボードが注目されるようになって、ようやくバランス取れてきたね。オリコンとは、優劣ではなく、別種なんだよな 約3時間前 replyretweetfavorite

consaba ビルボード・ジャパン礒崎誠二「日本で長らく認知されてきた 約3時間前 replyretweetfavorite