そもそもCDを買う意味とは
もう少し踏み込んで考えてみよう。
そもそも「レコードを買う」「CDを買う」というのは、どういう意味を持つ行為なのか。普通に考えれば「音楽を買う」とイコールだと思う人は多いだろう。そこに録音された曲を入手するためにお金を払う。それが当たり前だと考えるのが常識的だ。
しかし、ヒット曲を巡る状況から考えると、決してそうとは言い切れないことに気付く。少なくとも「1位を獲得する」ことに意味があると考えるセールス規模においてはそうだ。そこにおいては、音楽よりも、人気や話題性そのものが商品となっている、と言える例が多数ある。
オリコンランキングの歴史自体がそのことの証明でもある。
記録に残るヒットの多くはアーティストの人気や音楽性の評価ではなく曲が持つユーモラスな話題性がブームの原動力になった「ノベルティソング」だ。特に歴代のセールス記録は「童謡」が持っている。
1975年にリリースされ今も歴代最高シングルセールスを誇る「およげ!たいやきくん」は子供向けテレビ番組『ひらけ!ポンキッキ』から生まれた童謡だ。そして、ミリオンヒットが連発した90年代においても、シングルセールスの通算1位はNHK教育テレビ『おかあさんといっしょ』で披露された童謡「だんご3兄弟」だった。
00年代に入ると「CDを買う」と「音楽を買う」ということの距離はさらに広がる。ヒットチャートがファンによって「ハック」しうるものであることが示される。
菊地成孔『CDは株券ではない』(ぴあ)の中には、2005年のヒットチャートに起こった一つの騒動が取り上げられている。楽曲分析の知識を駆使してJ-POPの新譜を聞き、その売り上げを軽妙な筆致で予測するという連載を元にまとめられた一冊。
その中で『魔法先生ネギま!』の主題歌「ハッピー☆マテリアル」がオリコン週間シングルランキング最高3位になったことについて、評論家の細野真宏との対談の中でこんな風に語られている。
今年の珍ニュースと言っていいと思うんですが、アニメ番組の主題歌がいくらヒットしてもチャート番組でなきことのように扱われる、という被差別感がアニメファンのあいだにあって、で、2ちゃんねるで呼びかけて1位になれば放送せざるを得なくなるだろうと彼らは考えたんですね。で、あるアニソンを発売日に一人20枚とか30枚とか買う。それで2位までいったんです。もう曲は関係ない……いやなくはないんでしょうけど、とにかく僕がそれで思ったのは、株ともいえるし、宗教とか投票に近い。その曲が上位になることにこれだけ献身したという精神的な満足を得る。 (菊地成孔『CDは株券ではない』ぴあ)
この本の刊行がAKB48の結成された2005年であることはとても象徴的だ。「今年の珍ニュース」という表現を用いて指摘した菊地成孔のこの言葉は、その後のヒットチャートに起こったことを正確に予言している。
2016年には、菊地成孔がCDを買うということを「宗教とか投票に近い」と位置付けたことを裏付けるようなもう一つの出来事があった。それが、SMAPの解散報道を機に広がったシングル「世界に一つだけの花」の購買運動だ。
2016年1月、マスメディアによってSMAPの解散危機が報じられると、グループの存続を願ったファンの間に「解散を阻止しよう」という動きが起こる。オフィシャルな告知とは一切関係なく、ファンはツイッターを通じて自主的に購買運動を盛り上げた。
結果、同作はオリコンの1月22日付デイリーシングルランキングで1位を記録し、2月1日付週間ランキングでも週間4.7万枚を売り上げて3位にランクインする。
その後、8月14日にSMAPは2016年いっぱいで解散することを発表した。同作の購買運動は再び盛り上がり、約3万3000枚を売り上げたシングルは8月29日付週間ランキングで5位に入った。
2003年にリリースされた「世界に一つだけの花」はSMAPの代表曲の一つ。シングルは2015年末時点で250万枚以上のセールスを実現している。おそらく2016年になった時点でCDを持っていたファンはかなりの数いるだろう。
収録アルバム『SMAP 015/Drink! Smap!』やベスト盤『SMAP AID』も含めるならば、「世界に一つだけの花」という楽曲自体をすでに所有している人が、購買運動に参加したファンの大半と言っていいのではないだろうか。
つまり、そう考えるならば、半年あまりの期間で10万枚規模のCDが純粋なる意思表示として買われたことになる。
すなわち、ファンがお金を払って手に入れたのは「音楽」でも「特典」でもなく、いわば見返りのない「願い」が10万枚近いCDの形として買われた、というわけなのである。
(PHOTO: Getty Images)
オリコンの未来像
こうして、シングルCDの売り上げがある種の「投票行動」の結果となる一方、2014年の「Let It Go〜ありのままで〜」のように、その年を代表するようなヒット曲が、シングルCDとしてリリースされていないという理由でランキングに登場しないこともまた事実だ。
こうした状況にオリコンはこの先どう対応しようとしているのか? オリコン編集主幹・垂石克哉はこう語る。
「たしかに今は、ランキング上位になっている曲でも、それをみんなが知っているかというと、そうとは言えない時代になりつつある。ヒット曲が生まれづらくなっている。そこはうちの業界に対する使命、ユーザーに対する使命を考えた上でも、クリアしていかなきゃならない課題だとは思っています」
年内にデジタル配信のデータをまずアルバムからランキング化する方向だという。
「50年続けてきているパッケージの売り上げ枚数のランキングは、文化的、歴史的に価値があると思っています。なので、それは守りつつ、ダウンロード配信を加えた新たな指標を作ることで、よりリアルなヒット観というものをクローズアップできるようになれば、ということは考えていますね」
一方、オリコン株式会社は新規事業に乗り出している。数万人の患者へのアンケートを基にした病院の満足度ランキングを皮切りに、さまざまなサービスの「顧客満足度」のランキングを制作し、発表している。
「これは、現在のグループCEOの小池が始めたことです。もともとの発想は、オリコンのブランド価値を活用して、一般の人の役に立つ消費者本位のランキングを作ろうということでした。そこで、2003年に『患者が決めた! いい病院』という本を出した。これが大ヒットしたんです。
そこから英会話学校や自動車保険など様々な業態のランキングを作っている。これは実際にそのサービスを使ったお客さんの満足度を細分化した項目設定でリサーチ、それを数値化して作っています。音楽のランキングの作り方とは全く違いますね」
現在のオリコン株式会社は、さまざまな業界の多種多様なサービスを対象にした「総合ランキング企業」として生まれ変わろうとしている。
CDや書籍などのパッケージならば、ランキングは「枚数」や「部数」で示される。しかしサービスの場合、ただ売り上げの数字やその規模を比べても意味はない。重視されるのは「数」ではなく「質」だ。
ただ、そういった新規事業の占めるウェイトが大きくなった今も「音楽産業への貢献は最重要課題の一つです」と垂石は語る。
「音楽産業なしではうちの会社は成り立ってこなかったと思っていますし、今も業界にどう貢献できるかは常に頭に入れていますね。今やオリコンも音楽産業からの売り上げよりもそれ以外の売り上げが大きくなっていますが、それでも原点は忘れずにいこうということです」
変わりゆく音楽マーケットの実情にどう対応するか。それはオリコン株式会社が向き合っている課題と言えるだろう。
次回「ヒットチャートに説得力を取り戻す」は来週月曜日更新!
『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)刊行記念
柴那典さん×ジェイ・コウガミさん対談イベント「テクノロジーは音楽をどう変えたのか?」
開催日時:2016年11月15日(火)19:30スタート
開催場所:スマートニュース イベントスペース(渋谷)
出演者:柴那典(音楽ジャーナリスト)、ジェイ・コウガミ(デジタル音楽ジャーナリスト)
イベントページ:http://peatix.com/event/211745/