「あのさ、フレンチとかマーブルとか、そういうの、お母さんできるの?」
先日、大学生の息子さんからそんな風に唐突にきかれたという井田知子さん。
「『できるよ?』と答えたら『ふーん、そう』って。会話はそれだけなんですが、きっと大学の女友達がそんな話をしていたんでしょうね。うちは男ばかりの家族だから、家族はみんな私の仕事に関心がないのかなと思っていたけれど、ちゃんと見ていてくれてたんだなってちょっと感動したんです」
現在47歳。40歳を目前に未経験でこの世界に飛び込んだネイリストは、こんな日々の何気ない会話からも、「やっぱりこの仕事を始めて良かった」と実感するといいます。
友人の大病で入った“本気スイッチ”
2人の男児の育児に専念し、専業主婦歴は12年(当時)。途中、化粧品の訪問販売に挑戦したり、パン教室に通って師範のディプロマまで取得したりと社会復帰を試みてはきましたが、どれも仕事として長く続くことはありませんでした。
「何かしなくちゃと焦りながら、結局どれもなんとなく。『仕事をするんだ!』という覚悟のようなものが足りなかったんでしょうね」
そんな井田さんの背中を押したのは、親しくしていた3人の子どもを持つママ友が、乳がんを患うというショッキングな出来事。
「私はこんなに健康なのに、好きなこと、やりたいことを思い切りやらないでどうするの!?」
気がつけば長男は小学六年生。“なんとなく”を積み重ね、無駄にしてしまった時間の大きさに気づいたとき、なかなか入らなかった井田さんの本気スイッチがついに入りました。
メニュー表はなし。お客様からのオーダーとカウンセリングだけで世界にひとつしかないデザインを提案する
好きなことなら“努力”も“楽しいこと”に
世の中とは不思議なモノで、本気になった人にはなぜか幸運が引き寄せられてきます。
「本当にやりたいことで仕事を続ける」と決めた井田さんのもとに、程なくしてママ友から出張ネイリストの紹介が。実は井田さん、学生時代から大のネイル好き。少し敷居の高いサロンに行かずとも自宅で施術が受けられるうれしさもさることながら、こんなスタイルで仕事にする方法があったのか!と目からウロコだったといいます。しかも、その出張ネイリストは自分と同じ子育て中のママ。
「これだ!と感じて思わずそのネイリストの方に聞いちゃいました。どうやって学んだのか、どうすれば仕事にできるのか」
幸運にも、そのネイリストが通ったスクールは自宅から通える範囲。少人数制のこぢんまりとした施設で、本当に学びたい内容だけをカスタマイズして受講できる柔軟さも井田さんにとってありがたいものでした。
仕事を始めるとき、一番最初に購入したジェルネイル。初心を忘れないために今もバッグに忍ばせている
「私がやりたいのは、ミセスや在宅ワーカーを対象にした出張ネイル。持ちの良いジェルネイルだけを提供しようと決めていたので、その技術だけを3カ月、集中して学びました」
心にあったのは、とにかく一刻も早く仕事を始めたい、無駄にしてしまった時間を取り戻したいという強い思い。空き時間を見つけてはスクールに通い、家族が寝静まった深夜の2、3時間、毎夜ひたすら練習を繰り返したといいます。
「努力をしているとは思わなかったんですよね。爪の上にアートを完成させるために集中力を研ぎ澄ます。その時間が、とにかく楽しくて楽しくて。夢中でした。」
続けられる理由は“続けられない理由”を探さないこと
それから7年。
最初はママ友からの口コミを頼りに、キャリーバッグに道具を詰め込んでお客さんの元を訪れていた井田さん。現在、ネイルサロン激戦区の東京・原宿で、予約の途切れないネイルサロンを構えるまでになりました。
トントン拍子のサクセスストーリーだったわけではありません。ひとつの課題をクリアすると、また新しい難局が現れる。そんなイタチごっこにくじけることなくここまで来ることができた理由を井田さんはこんな風に話します。
「以前は、何かというとすぐ、“続けられない理由”を探していました。でも、大好きなネイルを仕事にしてからの私は、何があってもこの仕事は続けていくんだろうなと思っている。石にかじりついてでも!といった大げさなものではないけれど、ごくあたりまえのように“辞めない”と思っているんです」
シェアメンバーのデザイナーに作ってもらったという名刺。蓮の花をかたどる5枚の花びらが手指を象徴しているそう
“人と人とのつながり”が新しい展開を引き寄せる
井田さんにとって、欠かすことができなかったものはもう一つありました。それは、人と人とのつながりです。
友人に誘われて定期的に参加するようになったビジネス交流会。そこでつながった、世代も業種も違う仲間たちは、同業者との差別化を図るために井田さんが打ち出した「男性向けのネイルケアサービス」の拡散に一役も二役も買ってくれました。
また、出張スタイルに限界を感じたとき、「井田さんのスペースも用意するから一緒にオフィスをシェアしよう」と誘ってくれたのも、やはり交流会のメンバーだったとか。
「ミセスや女性の在宅ワーカーと異なり、顧客が男性となると気軽に自宅や職場を訪れるのが難しい場合も少なくありません。でも、サロンを構える資金なんて1人じゃとても用意できないし。今の環境は、夢が叶ったというより自分では描けなかった夢を見させてもらっている感じ。仕事を始めるきっかけも、仕事を広げるチャンスも、もたらしてくれたのは周りの人でした」
起業家や税理士などの士業、フリーランサーが大半を占める交流会のメンバーは、自分の仕事に真剣に向き合っている者同士。ちょっと迷ったとき、自分とは違う意見がほしいとき、快く相談に乗ってくれる大切なブレーンでもあるようです。
「人と人とのつながりが何よりも大切」。よく聞く言葉ではありますが、実体験からこの言葉が真実であることを井田さんは深く実感しています。
スキルのブラッシュアップも情報収集も心がけて、常にネイルのレベルアップを目指している
“その年齢の私”にしかできないサービスを提供したい
井田さんのサロン「ヒーリング・ネイル・アート TOMOKO」のメニューは、ネイルアート1万円、男性ネイルケア5000円のみ。都心部のみならず住宅街にまでネイルサロンが乱立する今、客の関心を惹くには少々シンプル過ぎるメニューですし、価格帯だって安い方ではないでしょう。
けれどこれは、「価格に見合うだけのサービスと技術を常に提供する。お客様からのどんなオーダーにも応えるネイリストで居続ける」という井田さんの決意表明でもあるといいます。
リピートするお客様の中にはこの笑顔と楽しい会話に魅了されている人も少なくない
「40歳からのスタートには不安もありましたが、育児経験があるからこそできるアドバイスもあるし、いろいろな世代のお客様の話に耳を傾けることもできる。それで喜んでくれるお客様の笑顔を見るたびに、思い切って開業して良かったと思います。ネイルって技術だけを提供するものじゃない、そこに私自身の経験や生き方をどうプラスするかで価値が決まるんだとつくづく思います」
夢は、生涯現役であり続けること。
「これからは、老眼との戦いになると思いますけどね」と笑いながらも、50代なら50代の、60代なら60代の自分にしかできないサービスとワークスタイルを、きっと井田さんは見つけていくのでしょう。
いかがでしたか?自分の大好きなことを、ひたむきに、前向きに続けることで、素敵な毎日を手に入れた井田さん。皆さんも一生自分が輝ける仕事に、出会ってみませんか?
*井田さんがお手本!
「好き」な気持ちと経験を活かして充実した人生が送れる仕事
・キャリアカウンセラー
・フードコーディネーター、フードスタイリスト
・ファイナンシャルプランナー
・ウェディングプランナー
・整体師
・プロコーチ
構成/ケイマナニュース!編集部 取材・文/阿部志穂 撮影/筒井聖子
※この記事は2016年9月時点での情報を基に作成しています。
井田知子(いだ・ともこ)
1968年東京都生まれ。短期大学卒業後、証券会社に就職。社内結婚をし、育児に専念するために27歳で専業主婦になる。40代を目前にした2007年、一念発起してネイリストとして社会復帰。現在、東京・原宿にある、仲間とシェアしているマンションの一室で「ヒーリング・ネイル・アート TOMOKO」を運営。大学生男子2人の母。