新書大賞2012第1位に輝き、累計30万部を突破した『ふしぎなキリスト教』。その著者ふたりが、このたび満を持して、『げんきな日本論』を刊行する。
「なぜ日本には、天皇がいるのか」「なぜ日本には、院政なるものが生まれるのか」「なぜ秀吉は、朝鮮に攻め込んだのか」これら素朴な日本史上の18大疑問について、明快な答えに辿り着く過程は、痛快無比で実にスリリングだ。
大澤 まず日本の文字のことを、ちょっと話しましょう。非常に重要な問題なので。
橋爪 はい。
大澤 なぜこういう、奇妙な文字のシステムができたのか。漢字が入ってきて、万葉仮名を経て、二種類の仮名をつくった。
現在でもわれわれは、漢字を含めた三つの文字のシステムを使っているわけですけれども、考えてみると、これは、かなり複雑なシステムなんですね。
ここは平仮名がちょうどいいとか、ここは漢字とか、直感的に使い分けながら、やっている。その使い分けに、微妙な意味合いがある。
疑問のポイントのひとつは、なぜ仮名に二種類あるのか、ということ。そして、これがほんとうは一番知りたい疑問ですが、なぜ千年も前に、日本には、女性のすぐれた作家が現れ、傑作を著したのか。
女性の文学は仮名の文字と関係していますから。前近代に女性のすぐれた書き手がいるということは、世界的にも珍しいことだと思います。
橋爪 江戸時代には、平仮名の異体字がいっぱいあった。草書体ですから、いろんな漢字を使ってよいのですが、これは万葉仮名のなれの果てとも言える。いずれにせよ、万葉仮名と平仮名は、連続的なのです。
片仮名は、僧侶の便宜のためのものだったが、あるところで進化が止まっちゃっていると思う。平仮名が発達してから、それに対応する片仮名というかたちに、整理された。
そこで、平仮名の用法ですけど、歌と関係が深い。歌は、日本の男女関係や、村落コミュニティの活動などと密接な関係があって、はじめは全部、口頭表現だった。文字がなかったのだから、当然ですね。
万葉集などに入っているのは、そういう口頭表現の歌で、定型化されたものを、あとから万葉仮名で記録したもの。万葉集には、旋頭歌とか、長歌とか、なんか長たらしいものが多いでしょう。
これは個人的なものというより、儀礼的なものだったと思う。もちろん短歌もある。このうち、平安時代を通してずっと発展して行ったのは、いちばん短い形式の、短歌だった。
さて、田園で、オーラルな歌を詠んでいたなあという記憶がある人びとが、都会の中国風の邸宅に移り住んだのが、貴族です。すだれを垂らして、女性は男性に顔を見られちゃいけない、みたいな風俗になった。接触が難しいほうが、逆に女性の価値を高めるみたいな、戦略もあったと思う。
そうすると、男女のあいだには、コミュニケーションが必要だから、歌をよんで届けることになった。口頭で届かないなら、字で書いて届けなければならない。
男性も女性も字を読み書きしなければならないという状況があって、気がついたら平仮名になっていた。女性も字を書かなければならなかった点が、日本の貴族に特有だったのではないか。
大澤 なるほど。平仮名を書く女性の原点はここですね。
橋爪 中国には漢詩があるが、男女の間でやり取りするものではないな。男女の間で歌を字に書いて、やり取りする文化がどこかにあるかな。
大澤 口頭でならよくあると思うんですけれど。
橋爪 うん、口頭なら、至るところにある。
大澤 至るところにあります。むしろ普通です。ただ、それを字でやり取りするのは……
橋爪 なぜ字なのかと言うと、会えないからだ。
大澤 なるほど。
橋爪 今で言うと、携帯メールみたいな感じかな。
大澤 なるほど(笑)。
といった文字の問題を入り口に、世界に類例のない宮廷生活の実態や女性の活動をふまえて、ひらがなと物語の世界を再構成していくのですが、それは本編のお楽しみ。つぎの疑問は、日本にしかいない武士についてです。