俳優を人種で語るのは本当は好きではないが、それを意識させられる配役の偏りが世界的には目立っているのが現実だ。15日に公開された黒沢清監督(61)の海外初進出映画『ダゲレオタイプの女』(原題:Le Secret de la chambre noire)(仏・ベルギー・日本)に主演するアラブ系仏人俳優タハール・ラヒム(35)は、そうしたステレオタイプを乗り越え活動してきたひとりだろう。来日した彼にインタビューした。
タハール・ラヒムは、カンヌ国際映画祭グランプリの『預言者』(2009年)や、『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014年)で主演した若手の実力派俳優だ。日本では、名前だけでピンとくる方はまだ多くないかもしれないが、フランスを中心に人気が高い。彼にインタビューしたと在仏のフランス人の友人に言うと、まったく映画通でもないのに「え、すごい! 彼すっごく人気だよ」と言われた。
『ダゲレオタイプの女』は全編フランスで撮影されたフランス語の映画。被写体を長時間拘束して撮る世界最古の写真技法「ダゲレオタイプ」にこだわる写真家ステファン(オリヴィエ・グルメ)の助手となった青年ジャン(タハール)は、父ステファンに「犠牲」を強いられている娘マリー(コンスタンス・ルソー)に心奪われるーー。
黒沢監督はカンヌ国際映画祭などで評価が高く、欧州を中心に熱狂的なファンが多い。今年は米映画芸術科学アカデミーの会員にも選出されている。初の海外進出となった今作の主演にタハールを起用したのはなぜか。公開前の記者会見で黒沢監督に質問すると、「『預言者』を見てとても魅力を感じていたし、(数年前に仏ドーヴィル・アジア映画祭で)お会いした時に、あ、この人は僕の映画に出てきてくれるのにふさわしい人物だ、と直感的に思えた」と答えた。黒沢監督はさらに、「撮影が進んでいくうち、正直、予想したよりはるかに精密で力強い表現者だと感じられた。脚本には単純な感情の流れしか書いていなかったと思うが、それを何段階にも分けていくつかのものを混ぜ合わせて、このシーンでは感情のこのポイントを表現するのだと自分で決めて的確に表現していた。そうした才能と技術を兼ね備えた俳優なのだと撮るごとにわかって、本当に驚いた」と実力をたたえた。
タハールはインタビューで語った。「この役を受けた第一の理由は、黒沢さんは尊敬する監督だから。彼の映画は、大学で映画を勉強した際に学んでいた。だから2年ほど前に電話でこの役のオファーをもらった時、すごく感動して驚いたし、うれしかった。断る理由なんてないよ」。好きな黒沢映画は『叫』(2007年)や『CURE』(1997年)だという。
もう一つの理由は、フランスにはこういった「死者が出てくる哲学的な映画」があまりないためだという。死者を扱う作品の大半はホラー映画で、この世を去った人をめぐって「黒沢さんのように哲学的で抽象的な作品に仕上げる、といったことはない。米国もなかなかないよね。たぶん文化的な要因だと思うけれど、日本には死後の世界やシニガミ(死神)といった概念があるからだろう」とタハールは言った。その意味でも、「主人公ジャンは誰にも話しかけていないのか、誰かと話しているのか、気が触れてしまったのか……疑問に満ちた場面で演じるのは難しかったよ」と語った。
ところで、いま「シニガミ」と発音しましたよね。どこでその単語を知ったのでしょう? 尋ねると、「有名なマンガ『DEATH NOTE』だよ」。なるほど!
ホラーではない死者の映画、欧米でどのように受け止められるだろうか。「欧州でもパラレルワールドを信じている人はたくさんいるし、理解されると思う。それに黒沢さんは欧州ですでに人気だし、死者の出てくる彼の映画は初めてではないしね。米国での受け止められ方はまた違うのだろうけれど」