「青森県」と「サッカー・フットサル」のみを扱い、確かな支持を集めている青森サッカー専門雑誌、「青森ゴール(AOMORI GOAL)」
インターネットの隆盛もあって、様々な「メディア」が乱立し、メディア戦国時代の様相を呈している。テレビ、新聞などの大手メディアも変化を迫られるそんな時代に、ここまでニッチな雑誌を作っているのはどうしてなのか。実際に聞いてみた。
・徹底したローカル情報発信
・飲食店の倉庫で生まれたサッカー雑誌
・超特化型メディアをはじめた理由
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・まさかのジョルディ・アルバ、来八
・メディア激動の時代のカギ
・地方サッカー専門誌が収益増加する理由
徹底したローカル情報発信
「スタッフ全員が青森の出身なんですよ」
青森ゴールの代表を務める松坂匡克(まつさか まさかつ)さんがそう教えてくれた。
青森ゴールは2009年創刊のサッカー・フットサル専門誌で、編集部は八戸市にあり、今年で発刊から7年目。ただの専門誌ではない。”青森県内のサッカー・フットサル専門誌”である。ここが他のサッカー専門誌とは一線を画す点だ。
県内のジュニアチームからJFL所属のチームまで満遍なく取り上げるのが特徴。それも、それぞれのカテゴリーで行われる各大会の戦績表から選手へのインタビューまで、こと細く取り上げる。青森のサッカー・フットサルの事情は全て網羅してあるのではないか。そう思わせるほどの充実した誌面で青森ゴールは構成されている。
一見すると、県内の(しかもサッカー好きの)方にしか分からないのではないかと思われるローカルな情報だらけで圧倒される。初めて見た方は僕と同じく目を白黒させるかもしれない。
見慣れた名前も視界に入る。定期的に柴崎岳選手や手倉森誠サッカー日本代表コーチなど、業界トップの特集記事やインタビュー記事が掲載されるらしい。とはいっても、彼らは青森に所縁のある人物であり(ともに青森県出身)、青森へのこだわりは変わらない。
飲食店の倉庫で生まれたサッカー雑誌
「昼は雑誌を作って、夜は飲食店で働いてました」
松坂さん自身が経営する飲食店との二足のわらじを履き、青森マガジンは始動した。何から何まで手さぐりの歩み。創刊当初は「飲食店の倉庫で作っていた(笑)」という。
そんな環境面は、2年目から編集部を構えることで改善。誌面作りに関しては、「メディア制作の経験がある知り合いにアドバイスを受けながら」のものだったが、3年目に一人立ち。企画・編集を務める夏目二郎(なつめ じろう)さん曰く、今は「質を高める時期」だ。
ちなみに、前述の飲食店で当時働いていたアルバイト数名が、そのまま現在まで青森ゴールのスタッフを務めている(彼らは雑誌作りの経験が皆無だった)。そのスタッフらとは長年気心の知れた関係であり、互いに信頼は厚い。現編集部の中心メンバーである。
超特化型メディアをはじめた理由
「学生時代以来、久しぶりにサッカーを見たんです」
現役選手だった高校卒業後からサッカーと疎遠になり、以来全くボールとは縁のない生活を送っていた松坂さん。やり込んできたサーフィンではある大会で優勝を勝ち取り、子供も産まれ、一つ人生の区切りを迎えていた。「何か新しいことを———」。そんなタイミングでの久しぶりのサッカー観戦。これが転機だった。
試合の行方を追う内にあっという間に当時の熱が蘇り、再び恋に落ちた。その後カテゴリーを問わず県内で観戦を重ねるうちに、自分が現役のときと練習環境があまり変わっていないことに気がつく。
青森は、今では少数派になったJリーグ加盟チームが存在しない県であり、雪国という土地柄もあって、どちらかといえば「ウィンタースポーツやインドアスポーツが盛ん」だそう。創刊前の2009年にはJFLに所属するチームもなかった。
「このままじゃ青森のサッカーは変わらない」
この危機感が青森ゴールの創刊につながった。”変えるため”には”伝えること”が重要だと考え、地域に寄り添ったメディアの構想を思いついたのがこのとき。以来7年間、青森のローカルなサッカーとフットサルに関する情報を伝えることに徹している。
ネットメディアの領域でいえば、バイラルメディアやキュレーションメディアなどの流行もあり、情報を包括的にカバーするポータルサイトよりもジャンル特化型のスタンスで活路を見出すメディアは少なくない。とはいえ、紙という媒体でここまで極端に範囲を絞ったこの決断に不安はなかったのだろうか。
「結局青森が好きなんでね。あとバカだから、イケると思ったんですよ」
とのこと。しかし雑誌を作るとなると、メディア制作に関する知識が必須だろうが、その点はどうしたのだろう。
ー松坂さんはメディア制作の経験はお持ちだったんですか?
「いやまったく。”何か”ができるというワクワク感だけでやってました」
勢いってすごい。
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