前回で、玉ねぎ、にんにく、しょうが、トマトにしっかりと火を入れてカレーのベースがほとんどできました。ここにスパイスをマリネした鶏肉を入れていきますよ。
マリネ液を炒める
鶏肉は10分ほど前に冷蔵からだして常温にしておくとベター
さあ、冷蔵庫でマリネしていた鶏肉を加えましょう。可能なら、10分ほど前から常温に出しておいたほうがいいです。冷たいまま鍋に投入するよりも、火の通りがいいので、炒め玉ねぎのベースとよくなじみやすい。ボウルから鍋に移す時にはマリネ液ごと加えてください。
ゴムベラがあるとマリネ液を無駄なくとれる
ここでゴムベラがあると、マリネ液を余すことなく加えることができるので便利です。こういう細かいことの積み重ねが、仕上がりに差を生みますよ。残りの塩も一緒に加えてください。
ここで加える塩は鶏肉の味わいを引き出します。塩は最後の最後に味を調整する時に使いたいので、ほんの少し、残しておくのが理想です。
鶏肉の表面に玉ねぎのベースがしっかり絡まるのが目安
炒め上がりの目安は、鶏肉の表面の状態です。鶏肉の表面には、黄色っぽいマリネ液がついている。これが少しずつ落ちてきて玉ねぎベースと混ざり合う。そして、加熱が進むと蒸気となって鍋の外へ逃げていきます。マリネ液の水分が飛んでいくに連れ、鶏肉の表面は色づき、玉ねぎベースがペトリと絡まってくるような状態になります。鍋中全体の色味は茶色っぽくなり、玉ねぎと鶏肉がくっついて混然一体となったような状態になる。ここまで行けば炒めるプロセスは完了です。このままライスに乗せて食べちゃおうかな、という気持ちになるくらいおいしそう。でも、我慢。まだ鶏肉は中まで完全に火が入ってませんから、お腹を壊します。
水を加えて煮込む
水を測るけれど、足すのは少しずつ
水もきっちり計量してください。ただし、ポイントは、レシピの分量を信用しないこと。「レシピ通りに作りなさい」と言ってみたり、「レシピを信用するな」と言ってみたり、混乱しますよね。基本的にはレシピ通りに作ってください。でも、塩の量と水の量だけは、レシピを信用してはいけない。なぜか。“塩と水は足したら引けない”から。そして、“足りなければ後で加えることができる”から。さらに“多すぎたら味わいが壊れてしまう”からです。塩辛いカレーや水っぽいカレーは、リカバーする方法がありません。
塩辛ければ水で薄める、水っぽければ煮詰めて濃くする、ということもできますが、これができるのは、かなり上級者です。
半分をいれて、煮立ったらもう半分
じゃあ、レシピの分量を信用せずにどうすればいいんでしょうか。たとえば、レシピに200mlの水とあったとする。その場合、180ml程度を計量してください。足りなかったら後で加えればいい。水を鍋に加えるときは、全量を一気に注いでしまうのではなく、半量を加えてグツグツと煮立て、それから残りの半量を加えてまた煮立てるのがお勧めです。煮立てる、という行為を間に挟むことで味にメリハリが出るからです。
煮立ったらふたをする
煮立ったら、弱火にしてふたをして、あとはゆっくり待ちましょう。アクを取る必要はありません。鶏肉は下処理をしてマリネしていますし、まずいアクがそんなに出るとは思えない。たとえ出たとしてもアクを取ろうとすると、おいしいエキスまで一緒に取り除いてしまうことになります。そうそう、ふたをする前に一度味見をしましょう。おそらく、「ちょっと物足りないかな」という印象だと思います。この味をしっかり覚えておく。煮込みが完了した時にもう一度味見をして、どんなふうに味わいが変化したのかをチェックしたいのです。「なるほど、こうなるか!」。きっと煮込みの威力を感じてもらえることでしょう。
煮込みの考え方について
カレーの煮込み方については、多くの人が誤解しています。「カレーは煮込めば煮込むほどおいしくなる」と思っている人が多い。カレー屋さんですら、そう信じていることがあります。これは完全な間違いです。
厳密ではなく、あくまで概念的なものですが、図に起こすとこんな感じになります。
A:鶏肉に火は通ったが、スープにうまみができっておらず総合では105点
B:鶏肉からスープに調度よくうまみがでて、総合で120点のベストな状態
C:鶏肉からスープにうまみができってしまい、スープはおいしいが総合で110点
わかりやすく説明するとすれば、「煮込めば煮込むほどおいしくなるのは“ソース”であって、煮込めば煮込むほど“具”は逆においしくなくなる」ということです。要するに鍋の中の“おいしさ”は変わりません。味をソースに出したいか、具に残したいかによって煮込み時間が決まる。仮に鍋の中のおいしさを100だと仮定しましょう。煮込みのスタート時には、加えたばかりの鶏肉の味が80で、ソースが20だとする。これが時間をかけるにつれ、「具の味=60、ソースの味=40」、「具の味=40、ソースの味=60」……、と比率が変わっていくだけのことなんです。あとはどこで止めるかによってバランスが決まる。
ただし、ちょっと複雑な話になりますが、煮込むことによって新たに生まれるおいしさもあります。だから、厳密には、100でスタートした鍋の中は、煮込むことによって120くらいになるんですね。120まで上昇させたら、そこから先は、何時間煮込んでも、鍋中のおいしさは変わりません。それなら、次に知りたくなるのは、きっと煮込み完了の目安ですよね。煮込みには、おいしさを120%に持っていくための“適正時間”があるわけですから。これは、肉の種類や部位、切り方によってさまざまです。
よくレシピには、「ふたをして弱火で30分ほど煮込む」などと書いてあります。ただ、これはあくまでも目安です。妄信してはいけません。煮込みが完了するタイミングは、レシピが教えてくれるわけではありません。答えは鍋の中にあるんです。
表面にオレンジ色の油が分離してくるの目安
表面(水面)をよく観察してください。オレンジ色の油がうっすら、分離して浮いているのが見えると思います。見えなかったらまだ煮込んだほうがいい。この油は、最初に加えた油と鶏肉から出た脂が融合したものです。これがキッチリ浮いて来れば、煮込みは完了。鶏肉もソースもバランスよくおいしい状態にあると思ってください。
インド人はよく、「オイルがセパレートしたらオーケーよ」と言います。普通は、油と水を乳化させようとしますから、料理に詳しい人なら、オイルがセパレートしてしまったら失敗なんじゃないか、と思うかもしれません。でも、大丈夫。次のプロセスでその不安は消されます。
仕上げにバターを加える
バターはコクがでて、乳化作用もある
バターを加える理由は、大きくふたつあります。
一つは、乳製品のコクをカレーに加えたい。もう一つは、油と水を乳化させたいんです。この二つを一度にしてくれるのが、バター。カレーをおいしくしてくれるスーパーアイテムです。バターは、無塩バターを使ってください。塩の入ったものだと、塩味の調整が難しくなります。マーガリンは禁止します。必要なのは、乳製品のコクですから。重たい味わいになるのが気になる人は、量を控えてもらってもOKです。
ふたをして寝かせる
15分から30分ほど寝かせる
さあ、カレーが完成しました! すぐに盛り付けて食べたくなりますね。でも、ここで、じっと我慢してください。カレーは完成しましたが、食べごろはもうちょっと先なんです。
少しだけ寝かせましょう。何もひと晩寝かせる必要はありません。15分とか30分でいい。ふたをした状態で、しばらく置いておくと、味わいにまろやかさと深味が加わります。スパイスのとんがった香りも全体になじんでより芳醇になる。不思議ですが、寝かせるのはやっぱりいいんです。
カレーが寝かせておいしくなるという感覚は、日本人特有のもので、香りを重視するインド人は、カレーは完成直後が一番おいしいと感じている。かつて、僕はそう認識していました。実際、レストランでは、前日に余ったカレーは捨てるというインド人シェフがたくさんいますから、そう思っていたんですね。ところが、これがそうでもないことが最近、わかりました。寝かせるとおいしくなるという意見を何人かのインド人シェフから聞いたからです。インドのカレーも日本のカレーも、程度の差はあれ、適度に寝かせればおいしくなるんです。
ご飯を炊く
ご飯の炊き具合はお好みでOK
インドカレーと言えども日本人の味覚に合うようにアレンジしてますから、日本米(ジャポニカ米)を炊いて一緒に食べてください。
ご飯に関してよく聞かれる質問があります。「Q.カレーに合うご飯の炊き方はありますか?」。そして、よく聞く回答があります。「A.硬めに炊いたご飯がカレーとは相性がいい」。そう聞いたことがある人、意外と多いんじゃないですか? 僕はよく耳にします。なんとなく説得力がありそうな言葉ですよね。なるほど、確かにそうかも……、と思ってしまいそう。
でも、おかしいと思いませんか? 硬めのご飯が好きな人なら、それでいい。でも、米にはその米にあった炊き加減があります。普通に白米として食べる時には普通の硬さに炊くのにカレーに合わせる時だけ硬めに炊くだなんて、すごくナンセンスだと思います。だから、僕は、いつもこの質問にはこう答えています。「硬めでも軟らかめでもなく、普通においしく炊いてください」。
できあがりです!
さあ、これでおいしいインドカレーライフは約束します。
次回「インドと欧風のいいとこどり、「ファイナルカレー」のレシピ」は10/25(火)更新予定
更新が待ちきれない方は、この企画の元になった
「インドカレーVS欧風カレー!究極の家庭料理対決」 を併せてお楽しみください。
水野仁輔さんのnoteがはじまりました! 多彩なカレーのコンテンツをお楽しみください。