スーパーコンピュータ(以下、スパコン)の消費電力性能を競い合う世界ランキング「Green500」。このランキングで、3期連続(年2回)で世界第1位を獲得しているのが、実は日本発のスパコンです。名前は「Shoubu(菖蒲)」。
この菖蒲を理化学研究所と共同で開発する民間企業が、PEZY Computing社とExaScaler社。2社あわせても、従業員が40名にも満たないベンチャー企業の合同チームが、開発に乗り出してからたったの7カ月という短期間で完成させました。
驚くべきは、2社にとってスパコン開発はそれまで「未知の領域」だったこと。偉業を成し遂げた、まさに「学習する組織」を率いる研究者兼シリアルアントレプレナーの齊藤元章さんに、イノベーティブな組織作りの秘訣について伺いました。
PROFILE
- 齊藤元章
株式会社PEZY Computing 代表取締役社長 - 新潟大学医学部、東京大学大学院医学系研究科卒業。大学院入学と同時に医療系法人を設立。1997年、米国シリコンバレーに医療系システムや次世代診断装置を開発するベンチャーを立ち上げ、300名の社員を登用して世界の大病院に8000以上のシステムを納入。2011年より拠点を日本に戻し、研究開発系ベンチャー10社を創業。自ら発明して出願した特許は70件を数える
PEZY Computingが体現する学習する組織像
本取材のテーマ「学習する組織」は、MIT上級講師のピーター・センゲ氏が提唱する、組織開発のコンセプトです。学習する組織を構成するのは、次の5つの要素と言われています。
- 「共有ビジョン」:組織学習の原動力となる組織の目指す姿
- 「自己マスタリー」:ビジョンの実現に必要な個人の継続的な研鑽
- 「チーム学習」:メンバー同士が創造的に対話し、話し合うための場
- 「メンタル・モデル」:個人、組織が事象を解釈する際の無意識の前提
- 「システム思考」:世の中の複雑性を理解するための思考フレーム
(引用元:学習する組織 3つの「柱」|Change Agent)
齊藤さんにお話を伺うと、PEZY Computingは特に「共有ビジョン」「自己マスタリー」「チーム学習」の3つを強く体現している印象。まずは、齊藤さんがどのように「共有ビジョン」を描いているのか見てみましょう。
「お金をなくす」、組織学習の原動力は壮大な共有ビジョン
”全人類” に貢献できる、驚くようなイノベーションを日本から起こしたい。私も、ここに集まるメンバーも、それを動機に日々学び続けています。
学習する組織作りの秘訣について、齊藤さんは、組織を構成するメンバーが共感し、全体で共有される「強烈なビジョン」が不可欠と言います。
スーパーコンピュータ「菖蒲」は、豆電球を灯す電力で、たった1秒間に約70億回という途方もない回数の計算を行います。菖蒲に搭載される独自のプロセッサーをあの「京」と同じ規模で動かせば、その演算能力は京の「128倍」にも相当します。
「128倍」という数字、それ自体にはあまりピンと来ないかもしれませんが、齊藤さんらが開発するスパコンは将来、文字通り ”全人類” の生活を変える可能性を秘めています。彼らが思い描く壮大なスケールのビジョン、それは…
私たちは一日も早く、「お金」というものをなくしたいと思って、スパコンを開発しているんです。お金があることで格差など社会問題が起こっているにも関わらず、現代の人びとはお金にあまりにも縛られている。過去に起業したシリコンバレーも私にとっては反面教師です。
なぜスパコンの進化がお金をなくすことにつながると考えているのでしょうか。齊藤さんが考えるシナリオは次の通りです。
世界中で盛んに行われている次世代エネルギー源の開発、それに必要な技術革新のための計算を支えているのがスパコン。つまり、スパコンが進化することで、超効率の新しいエネルギー源が誕生し、人びとがエネルギー問題から解放される。
すると、電力の価値が低下し、今は割に合わない農業工場の運営がリーズナブルに。それによって「食」や繊維を加工して作られる「衣」は徐々に無料化。住む場所も農地に縛られることがなくなり、ネットワークの発達で都市への人口集中が解消されれば、「住」にかかる費用も下がり・・・
スパコンを発達させることによって、あらゆる立場の人びとが、お金に縛られたり、稼ぐためだけの労働から解放され、自分がやりたいことに向かって最短距離で走れるようになる。そんな世の中を自分たちが生きている間に見届けたいのです。
この壮大なビジョンに突き動かされ、齊藤さんと研究者たちは急ピッチでスパコンの開発とそのための学習を進めています。
大企業であれば大量の資金と3倍の時間をかけて行う開発を、私たちは小規模ながら前倒しで進めています。普通に考えれば開発に数年はかかるスパコンを、4カ月で作ることも。そのためには、チームからユニークな発想が10も20も同時に出てくる必要があります。
メンバーがクリエイティブなことだけに集中できる組織作り
「正気の沙汰ではないスピード」でスパコンを開発するために、齊藤さんがメンバーに促しているのは超フラットな組織作りです。これが、一人ひとりの「自己マスタリー」を高めること、「チーム学習」のための場作りにつながっています。
中間管理職はいっさい置かず、上下関係はありません。企業が一般的に持つレポーティングラインやオペレーティングラインもありません。対外的には私が代表という立場ですが、社内では完全に形だけ。皆から広く等しく意見を募って、良いアイデアを採用しています。
多くても30名ぐらいの規模が最適です。それ以上大きな組織になるとレポーティングラインができて、末端のメンバーの顔が見えなくなってしまい、開発速度が遅くなっていく。この規模だから毎日朝夕にミーティングを開き、問題が起きてもその日のうちに解決策を考えられるんです。
そのうえで…
メンバー全員が、「とんでもないアイデアを出そう」という共通認識を持っています。皆を驚かせる斬新なアイデアを思いつくことが大切で、私も率先して突拍子もない提案をします。だからメンバーも、「この人に普通のことを言っても聞いてくれない」と諦めてすらいると思います。
菖蒲はまさに「とんでもないアイデア」の賜物。それまで業界の常識では、スパコンを冷却し消費電力を抑える方法は「空気」による冷却でした。齊藤さんらはそこに目をつけ、「液体」で冷却する方法を着想。さまざまな液体を試し、最終的にはフッ化炭素に行き着いたのです。
こうしたアイデアをチームから生み出すにはーー。
ポイントがあるとすれば、「形があるモノを作る」ことです。実際に作って、動かしてみないと分からないことばかり。モノを作れば、そこから新しいアイデアがたくさん生まれ、それが新たなインプットになります。その体験を繰り返すことで、皆がアイデアを出せるようになっていく。
そのために齊藤さんは、研究者が開発に集中できる組織作りを徹底しています。常にメンバーにはクリエイティブな仕事だけをしてもらうことを気にかけ、それ以外の雑用はすべて齊藤さんや管理部が引き受けるスタンスなのだそうです。
そのスタンスは、各メンバーの学習を「評価」する基準にも表れています。
メンバーの学習を評価する軸は、「アウトプット」のみ。それ以外のことを気にしてもしょうがない。他の企業では通用しないのかもしれませんが、例えば時間に多少ルーズでも大らかに見ています。とにかくアウトプットを高めることに集中してもらう。アウトプットがすべてです。
メンバーに「社外」での学習を促すことも。
成果を挙げていると、国の機関から声をかけていただく機会もあります。メンバーの知識欲はもともと貪欲だと思いますが、目の前のプロジェクトにばかり集中していると新しい世界に触れる機会を持てないことも多いので、外部のプロジェクトへの参加を勧めることもあります。
そうして社外で得た学びも、先ほどの密な連携の場で共有されアイデアに昇華されていくのです。
学習する組織のリーダーに求められるのは「学際的好奇心」
学習する組織においては、そのリーダーこそ学習好きでなければならない。齊藤さんのこれまでの生い立ちや現在の興味について伺うと、そのことが浮き彫りになってきます。
私は、「いずれは全知全能の “全知” に近づきたい、世の中のことを全部知りたい」と子どもの頃からずっと考えていたんです。まず医師になったのも、「世の中のこと」というカテゴリーをからだの中と外で分けるなら、「中について知るには医師免許が必要だ」という考えに至って。
最近は、特に「日本史」に興味をもっているそうです。
これから日本に起きる変化は、明治維新や太平洋戦争後くらいにインパクトのあること。そう考えると過去の大変革でどんなことが起きていたのか、知っておく必要があると思ったんです。なぜ、明治維新で数百年間続いた封建制度から近代へと移行できたのか。興味は尽きないですね。
最後に、リーダー人材が好奇心を育む秘訣について伺いました。
私はずっと「学際領域」に興味を持ってきました。学際というのは、異なる学問のフィールドの境界のこと。英語で「Interdisciplinary」と言うのですが、境界をまたごうとする領域は専門家が少ない。これからはニッチな学際領域から、ますますイノベーションが生まれていくと予想します。
何かの領域に特化したり、分野を限定したりすることを否定するわけではないのですが、バランス良く知識を増やしていくことがこれまで以上に大切になっていくでしょう。高校までの授業で学んだことを取っ掛かりにして、その周辺に知識を増やしていったり、自分を俯瞰しながら学ぶ領域の幅を広げたり。そうした「学習の連続」が、変わりゆく世の中に対応していくために必要です。
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[取材・文] 多田慎介、岡徳之