シルバーウィーク初日の9月17日に公開された『怒り』。宮﨑あおいがぽっちゃり役のために7キロ増量、リアリティ追求のために撮影期間中に生活をともにした妻夫木聡と綾野剛のゲイカップルぶり、バックパッカーを演じる森山未來は単独で無人島に野宿、完成映画のトロント国際映画祭への出品など、公開前から興味深いエピソードが次々に明かされた注目作だ。その話題性や舞台挨拶の効果もあってか、初日から2日間の動員人数は約17万人に及んだ。
原作は芥川賞作家・吉田修一の長編小説で、4年前の10月から約1年かけて新聞に連載されたもの。夫婦惨殺事件の容疑者として指名手配中の28歳・男性が整形を重ねながら逃亡していることを知り、年恰好が近いことから大切な存在の素性に疑念を抱いてしまう人々を描く。
“発展場”で出会い一緒に暮らし始めた東京のゲイカップル(妻夫木&綾野)、千葉の漁港にフラリと現われた男と地元の女性(松山ケンイチ&宮﨑)、沖縄の離島に現れたバックパッカーと親しくなる高校生(森山&広瀬すず、新人・佐久本宝)。映画では、この3組に訪れる「大切な人が殺人者かもしれない」気持ちを丁寧に描いていくが、小説では犯人を追う刑事自身がまた別の角度から大切な人への疑いを表面化させてしまう様子が第4の軸として描かれ、物語にさらなる深みを与えている。
執筆のきっかけとなったのは、殺人事件の容疑者が整形を重ねながら逃亡しているという現実のニュースだった。警察からの呼びかけに対して「似ている人を見かけた」「自分の隣にいる人がそうかもしれない」との情報が多く寄せられたことに吉田は驚き、「逃亡犯と出会った、もしくは出会ったかもしれない人々」の物語を書こうと思ったのだという。
興行収入19億円以上の大ヒットとなった2010年の映画『悪人』に続き『怒り』で改めて吉田作品のメガホンを取った李相日監督は、その視点こそが本作の醍醐味だと指摘。インタビューでは「事件そのものを当然描きつつ、まったくそれとは無関係な場所で、ただ、事件によって確実に自分の心に問いかけるもの、自分の心に突き刺さる何かを持ってしまう人物に焦点を当てるところが秀逸」と、語っている。
原作者と監督それぞれの思いは、映画公開にさきがけて7月末に発売された文庫サイズの単行本『小説「怒り」と映画「怒り」』(中央公論新社)でも存分に明かされている。逃亡犯の人物像を掘り下げる8つの証言が書き下ろされ、原作者が見た撮影現場や俳優陣、監督への単独インタビューなどを収めた同書は、まさに映画と小説の間を取り持ち、未見の作品への欲をそそる一冊となっている。映画もしくは原作と、あるいは両方と併せて読むと、『怒り』の世界観がより一層広がることだろう。
『怒り』(上・下) 吉田修一
(中公文庫/各600円)